第52話

「──晴都」




ピアノの音が止まる。




「よ。」


「ね、これ弾いて」




私が渡した楽譜は、




「いいけど、主線しかねーじゃん」


「いいんだよ。まだ編曲してないから。」


「へぇ。で、なんの曲?」


「雪月花のバラード。タイトルもまだ決めてない。」




もちろん、自分でも弾いたけど、違った。私の音じゃ、主線しか見えなかったから。でも晴都の音なら。



私の楽譜を並べた晴都が、鍵盤の上に手を置く。……両手? 主線だから、右手で十分だけど。



天才少年ピアニストの手から紡がれた音は、さざ波だった。朝焼けの海を見つめる少女の影が脳裏に浮かぶ。



晴都が私の作った曲に音を重ねて弾く。初見の楽譜なのに、何度も弾き込んだように。



そうか。私は晴都と一緒に音楽がやりたかったのか。思えば最初は、友達になりたくて話しかけたんだ。一緒に弾けたら楽しそうだなって、ただそれだけだったんだ。




「──泡沫少女」


「え?」


「この曲のタイトル。なんかそんな感じがした。」




海の音がしたから、とどこか自信ありげに笑う晴都。




「歌詞見せてないのに海ってよく分かったね。じゃあ、それで。」

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