第45話

脱衣場を出て、吸い寄せられるようにピアノが聴こえる方に行く。ドビュッシーの『月の光』か……。好きな曲の1つだけど、私が弾く曲じゃなかった。



そっと部屋を覗けば、大きな窓を背景にピアノを弾く晴都。ほう。ピアノを弾いてる時、あいつはあんな表情をしてるのか。それにしても、あの窓から外ってこんな風に見えるのね。



あの日、私が晴都を見たあの日。たしか母さんに頼まれて、便りか何かを届けに来たんだった。急に尋ねたらあの生意気なクソガキもビックリするんじゃないかって。絶望したのは私の方だったけど。



楽しそうだなぁ。なんだよ。そんな風に弾いてるの見ると私もまた弾きたくなるじゃんか。今なら歌えそう。



晴都の視線が私を捉えた。ピアノの旋律が止まる。




「……いたなら言えよ。」


「あ、気にしないでどーぞ続けて。」




千年に一度の天才少年ピアニストの演奏をタダで聴くチャンスだし。



でも晴都はそのまま立ち上がって、キッチンからマグカップを持ってきた。

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