第7話
「ねぇ、知ってる?古城の向日葵と桜の話」
ローファーを履きながら、彼氏の蒼に最近知った話を聞かせる。
「あの、いつ開いてるかわかんない、運試しの古城のこと?」
「そう!それ!」
毎年春と夏の二季の間の、たまにしか開いていない、別名運試しの古城は、カップルで見るとずっと幸せでいられると言われている花がある、ロマンチックな言い伝えのある場所。
「今から行こうよ」
高校三年生になった今日、始業式が終わり、午後から自由。
これから受験で忙しくなる前に、一度彼と行ってみたかったのだ。
「え、今日行くの?」
「うん。行こう?」
彼の手を取って、指を絡める。
いわゆる恋人繋ぎというもの。
「わかった。行こう」
ぎゅっと私の手を握り返してくれるその手に思わず幸せの笑みをこぼしながら、駅までの道を歩く。
「なにがあるんだっけ。運試しの古城」
結構有名ではあるものの、記憶に残る人はあまりいない。
というのも、現実ではありえないようなことが起こっているから。
ツチノコが流行ったけど、今はあまり思い出さないのと同じように、実際見ることもなく、珍しいとなると記憶から風化されていくのも無理のない話だ。
「春と夏にね、満開の桜と大輪の向日葵のツーショットが見れるの」
「なにそれ、ほんとに?」
「噂では」
ガタガタと電車に揺られ、人が少ない田舎寄りの駅で降りる。
なんだか違う世界に来たような、それなのにどこか見覚えのあるような、不思議な感覚に包まれた。
「こっち」
彼の手を取り、地図も見ずに歩く。
夢で見たような道を歩いている間、彼は何も言わずに私の横を同じ歩幅で歩いた。
「開いてるかな……」
目の前には、古いお城とその門。
ここを押して、開かなかったらお休みらしい。
ゆっくり、力を込めて押すと、ギギギ……と音を立てながら門が開いた。
「おお、すげぇ」
一緒に押してくれた彼も、まさか開くとは思っていなかったらしく、呆気に取られていた。
「行こう」
中に入ると、春色で溢れた世界が頭の中を駆け巡った。そんな世界の中に、桜餅を頬張る、青い服を着た彼の姿もあった。
「わ、すごい……」
少し足を進めると、満開の花を咲かせた桜の木と、太陽に向かって真っ直ぐ伸びる黄色いひまわり。
現実に有り得ないはずのツーショットがそこにはあった。
お互いがお互いを思いやるように咲くふたつの花は、見ていて涙がこぼれるほど、綺麗な愛を感じた。
「「あ、スカイ!」」
ふたりで声を合わせて呼んだ、桜の木に止まった青い鳥。
まるで自分のペットかのように、当たり前のようにその名を呼んだ。
「もしかして、香水様?蒼様?」
そして、スカイも私たちの方をみて、当たり前のように名前を呼んだ。
彼に名前を呼ばれて、一気に記憶が蘇る。
彼とお祭りに行ったこと。
スカイを通じて、一度文通をしたこと。
私のカバンにお守りとして入っている、貝殻と夏の写真のこと。
そして、彼とふたりで人生に幕を閉じたこと。
「スカイ、久しぶり。生きてたんだな」
彼も思い出したようで、涙ぐみながらスカイと話している。
「はい。いつか、蒼様と香水様にまたお会い出来る日がくると信じて待っておりました」
そう、スカイの目から涙がこぼれた。
「スカイ、ありがとう。あなたが蒼さんに手紙を届けてくれたから、私は今、とても幸せよ」
「私も、幸せそうなお二人に会えて、嬉しい限りです」
蒼が泣いた。私も泣いた。スカイも、もちろん泣いた。
ありがとう、ありがとうとお互い何度も口にしながら、風に揺られる桜と向日葵の前で、私たちは長い間、嬉しくて泣いていた。
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