第6話

「香水様、お久しぶりです」

「まあ、お綺麗になられて……」

「幸せになってください」

使用人に車椅子を押されながら、誕生日パーティーに出席した。

どうやら今日、私の結婚相手を決めるらしい。

聞いたことがあるような、でもピンとくる人のいない声の人が、ここに入る前に私に告げた。

「香水様、婚約者の候補の皆様が集まりました」

耳打ちをするようにコソコソと使用人に話されて、カラカラと動き出す私の身体。

男性がずらりと並ぶこの場を前に、私を残してこの家の人はみんな出て行ってしまった。

「香水様、はじめまして。私は福寿草辰樹と申します。こんなに素敵なお方に出会えるなんて感激です」

一番右端の人が、待っていましたと言わんばかりに口を開いた。

「私は蒲公英裕二と申します。桜家のお嬢様とこのような形でお目にかかれるなんて光栄です」

他の人も名前を言って似たような言葉をつらつらと並べていく姿に、だんだん眠たくなってくる。

つまらない、というのが一番ピッタリだった。

婚約者を決めるために質問をしたりするべきかと、この話が出たときは色々考えてはいたけど、もう私の心は答えを出していた。

この中に私が結婚したいと思う人はいない。

直感だけど、きっとこういうときこそ直感に頼るべきだ。

「待て!お前、この国の者ではないだろう!」

分厚い扉を通り越して聞こえてくる、使用人の怒鳴り声。

なんだなんだと候補に選ばれた人達がざわつき始めて、様子を見てくると立ち上がったなんとかさんがゆっくり扉を開けた。

「この部屋に香水さんはお見えですか?」

追われながらも落ち着いた口調で話すその声に、耳の奥がポカポカした。

誰?あなたは誰?

「いえ、ここには……」

チラッとこちらの様子を伺いながら、そっと扉を閉めようとしている。

だめ、閉めないで。お願い。

「……います!ここに!」

驚いた。周りの人も目を丸くして驚いていた。

私って、こんなに大きい声が出せるんだ。

「入れてください。香水さんに逢いに来ました」

隙間から入ってきて、他の人が入らないように鍵を閉めると、その人はゆっくりこちらに近づいてきて、私を見て驚いた顔をしながらも優しく微笑んだ。

「お約束通り、逢いに来ました。二年ぶりですね」

青い服を着た彼。誰だろう。誰?ねぇ、誰?

見たことある。でも、どこで出会ったのか、この人の名前が何なのか。どれだけ考えても思い出せそうになかった。

ただ、じんわりと心が温かくなって、この人と人生を共にしたいと強く思った。

「あの、あのっ……。あなたは……」

彼に近づきたかった。でも、立ち上がろうとしても身体が鉛のように重くて、立つことすら出来なかった。

「こちらです!こちらに他の国の侵入者が!」

ガチャガチャとドアの方から音が聞こえてきたかと思うと、物騒なものを手に、親衛隊の人達が次々にこの部屋へ入ってきた。

「逃げて!そこの窓から、早くっ」

鋭い剣、コンパクトな拳銃。

見たらすぐに分かる。この人たちは、こんなに素敵な人を殺める気だと。

「逃がすな!桜家の名誉に関わるぞ!」

ピシャリと飛んでくる、ナイフのような言葉。

キラッと嫌に輝く剣の先端。

私を守るように、短剣を構えて目の前にたちはだかる婚約者候補の人達。

彼らの隙間から見える、腰にかけている短剣をそのままに、必死に身を守る彼。

「だめ、やめて、お願い」

彼だけは、死んでほしくない。名前も知らないのに、彼のいないこの先の未来なんて私には考えられない。

それなのに、彼の後ろで誰よりも長い剣を振り上げた人がいた。

「……!だめっ!」

手を伸ばした。彼に向かって、まっすぐ。

身体が浮いた。足が一歩一歩、彼の方へ進んでいく。

「蒼さんっ!」

「香水さん、危ないっ!」

彼の声が一番近くで聞こえた。

彼の甘く優しい匂いが私を包み込んだ。

彼から伝わる温もりが、私の荒れる心を穏やかにした。

彼の、蒼さんの、しっかりした肩をぎゅっと抱き寄せたとき、これ以上ない幸せに包み込まれる。

「うっ……」

「うぁっ……」

背中に痛みを感じた。私の背中に刺さった剣は、抱き寄せた蒼さんの背中をも貫通していた。

「きゃーっ!香水様ーっ!」

「誰か、お医者様を!」

「お母様を呼んできて!」

口々に、誰かが何かを言っている。でも、しっかり聞こえない。

刺されたところがじわじわと温かくて、蒼さんの背中に回す腕に力が入る。

不思議と、痛みは感じなかった。

「蒼さん、蒼さん」

「ごめん、僕が来たせいで、香水さんを巻き込んでしまった……」

私の背中に、ふるふると震わせながら腕を回して、そっと優しく抱きしめてくれた。

「蒼さん、私今、世界一幸せ。目の前であなただけが刺されてしまうより、一緒に同じ思いをした今、後悔はないです」

「でも……」

彼は苦しそうな顔をして、ごめん、と何度も私に伝えている。

「好きです。蒼さんのこと、好きなんです。大好きなんです。私、結婚するなら蒼さんとがいいです」

息が切れる。力が抜ける。

もう先が長くないことは、これ以上生きていけないことが、話していて、時を刻んでいく度、よくわかった。

「僕も、好きだ。香水さんのこと。今日、香水さんの婚約者になりにここに来たんだ」

彼も私と同じように息が切れていた。

きっと、息絶えるときは同じだろう。

もう、あと少し。

「ねぇ、私のこと、香水って、呼び捨てで呼んで……?」

入らない力で彼を握る手で、震える声で、縋るように、最後のお願いをした。

「香水、好きだ。大好きだ。なぁ、香水。……結婚しよう」

夢かと思った。こんなこと、現実に起こり得ないと思っていた。

でも彼の、刺された痛みも、ギリギリ生を保っているような必死さも感じさせない、本気で思いを伝えてくれている瞳は、夢でも嘘でもなく、ちゃんとした現実だと教えてくれる。

「はいっ……!蒼、好き。大好き。私を迎えに来てくれて、ありがとう……」

あぁ、気が遠のく。光が薄れる。力が入らない。

もう、だめだ。

そう悟ったとき、唇に柔らかいものがあたった。

残りの力でうっすらと目を開けると、彼の綺麗な顔が、鼻と鼻が優しく触れる距離にあった。

人生最初で最後の口付けを交わしながら、私たちは永遠の眠りについた。

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