第5話
「失礼します」
緊張で胸が破裂しそうなほど、今日は心臓がよく働いていた。
「どうしたの?今日は誕生日パーティーだから急いで準備しないといけないのに」
誰よりもせかせかと着替え、ヘアメイクをしてもらうお母様は、お誕生日おめでとうの一言を私にくれたことはなかった。
「うん。だから、話したいの」
決めていた。
一年前、スカイの後ろ姿を見送ったあの日から、十八の誕生日に好きな人がいることを伝えようと、ずっと心に決めてきた。
「お母様とふたりで、お話させてください」
顔も半分できあがっていない状態で、こんなことを言うのはこれからやってくる怒りに拍車をかけるようなものだけど、遅かれ早かれ怒るなら今どうこうしようがそんなに変わらない。
「はぁ……。少し出て行きなさい」
軽く溜息をつきながらも、使用人を部屋から出してくれて、広すぎるほど広い部屋に二人きり。
「早く話しなさい。あなたの準備もあるのよ」
チラチラと時計を見ながら、話を聞く体制を取ってくれる。
ふーっと小さく息を吐いて一度心を落ち着かせてから、新しい空気を吸い込んだ。
「私、好きな人がいます。夏の国の次期国王の、向日葵蒼さんです」
ああ、これは、相当な怒りがとんでくる。
首から頭にかけてどんどん肌が赤く染まっていくのが、沸騰のサイン。
「許しません。あなたは春の国の男性と結婚すると、国のルールで決まっているのよ」
必死に自分を落ち着けて話している様子が見て取れるけど、もう一押ししたもんなら、もう大爆発だ。
「好きではない方と結婚なんてできません。私は今日、蒼さんに交際を申し込むつもりです」
まっすぐお母様の目を見て言うと、もうその瞳は光を失い、ぼーっと私の方を見つめていた。
「お母様?」
その姿はまるで魂が抜けてしまったかのようで、怒られるのとは違う意味で怖かった。
「あなたがその気なのはよくわかったわ。ほら、部屋に戻って準備しなさい」
ガックリと落とした肩に、ショックが隠しきれない顔。
やっぱり国の方針に従います。
手を差し伸ばしてそう言えば、きっと笑顔になるとわかっていたけど、それでもこれだけは引きたくなかった。
「はい。お母様」
聞こえるように返事をして、静かに部屋を出た。
『どうしたいか』は心に決まったものがあるのに、『どうするべきか』がわからない。
これでよかった。きっと、頭ごなしに怒らなかったぶん、私のことも考えてくれる。
「香水様、失礼いたします。こちら本日のドレスと、お母様からお祝いの紅茶です」
持ってきてもらった、光沢感のある桜の絵柄が素敵な、薄ピンク色のドレス。
それと、いつものティーカップに入った、少し赤みの強い紅茶。
「ありがとうございます」
使用人に告げて、パタンと扉が閉まるとまた一人だ。
ドレスをベッドに置いて、ふわふわと湯気の上がる紅茶を喉に流し込む。
なんだか紅茶とは程遠い、スーッとした味わいが喉を伝う。
「なんのフレーバーなんだろ……うっ……」
ドクン、と心臓が大きく動いたかと思ったら、ぐわんと視界が歪んだ。
持っているティーカップが二重、三重に重なって、持っている手が震えるのを感じ取って中に入っているお茶も、左右に大きく揺れた。
パリン、と足元で鳴る音なんて、自分の身体から聞こえる音に対抗すらできない。
「たすけて、だれか……。だれかっ……」
窓側に手を伸ばすも、だれかが来ることはなく、私は必死に助けてと声に変えながら、その場に倒れ込んだ。
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