第4話

あの日、蒼さんと出かけて一年が経った。

今年の毎年恒例の国王たちの集まりに、私は参加させてもらえなかった。

「去年、外に出たから今年の参加は取り消します。部屋で静かにすごしていなさい」

ノックもなく私の部屋に入ってきたかと思ったら、それだけ言い残して私の部屋に鍵をかけ、集まりに参加しに行ってしまったらしい。

去年だけだった。初めて参加した国々の集まりも、初めて外に出たことも。初めて、お母様に隠し事ができたことも。

今までで一番濃い一年をすごしてしまったせいか、今年は溶けた氷が大半を占めたココアみたいに、薄い時が流れている。

勉強の本ばかりが入った本棚も、あまり持っていない人前に出るときのオシャレな服も、あんなに広い世界を見たら窮屈に感じてしまう。

ふかふかのベッドに横になって、今年も変わらず賑やかな外の声に耳を傾ける。

どこかで聞こえるような気がする蒼さんとの会話に、既にもう懐かしさを覚えていた。

手の感覚も、忘れたくないのにあまりハッキリとは思い出せない。

ただドキドキして、温かくて。

あなたとならどこへでも行けると本気で思ったの。

戻りたい。あの日のあの時間に。

そう何度も願っていたとき、窓から音がした。誰かが窓を叩いているような、軽くて部屋に通る音。

起き上がって現実を見ないために閉めたカーテンを開けると、青い鳥が一羽。片足で封筒のようなものを抑えながら、私の顔を見て今度は控えめに窓をつついた。

「なに?どうしたの?」

「蒼様から桜家のお嬢様へお届けものです」

当たり前のように鳥が話すなんて、まるで違う世界にいるみたい。

「ありがとう。今日、蒼さんはここに来てるの?」

もし、もし来ていたら、せめて帰るときに窓から後ろ姿だけでもみたい。そしたら、今日もいい一日だったってきっと思えるから。

「いえ、今日は来ていないんです。香水様が不参加と聞いて、それならやめておくとのことで、このお手紙を預かってきました」

くちばしで渡してくれた、上品なベージュの封筒を開けてみると、ピンクばかりのこの世界とは違う、青の世界。

どの写真も太陽の光がキラキラと輝いて、まるで日中なのに星が浮かんでいるみたいだ。

裏に『花火』と、男の人を感じさせる字で書かれている写真は、花という字がつくだけあって、大空に咲く色とりどりの花のようで、この目でこの景色を見てみたいと、強い憧れを抱いた。

大きな青い池の写真には『海』。

棒から吹き出る色とりどりなものには、『手持ち花火』。

その数枚の写真の中でも一枚だけは、同じように見えて少し儚さを感じる、パチパチと優しく弾けているものには、『線香花火』と書かれていた。

黄色くて真ん中が茶色い、空に向かって咲く花には『僕の家に咲く向日葵』と書いてあって、マスキングテープで貼り付けられていた袋には、『向日葵の種』と、白に茶色い縞模様が可愛らしい種が数粒入っていた。

どうしよう。なんでだろう。

一度しかあっていないのに、どうしてこんなに彼のことが私の頭を占めるんだろう。

お母様にこんなこと話せないって、思わず口を噤んでしまうんだろう。

『桜香水様

お久しぶりです。お元気ですか?

今年もこの日がやってきましたね。香水さんに会いたかったのですが、出席されないと聞いたので、上手くいくかは分かりませんが、僕のペットであるスカイにお手紙を運んでもらうことにしました。

手紙と一緒に、以前香水さんが見たいと言っていた、夏の景色の写真を送ります。海で拾った貝殻も一緒に入れておくので、もし良かったら香りを楽しんでみてください。

夏の国の、街中まで漂ってくる海の香りがするはずです。

本当は僕が隣を歩いて案内したいのですが、それはまたいつかの夢に取っておきます。

それでは、また逢える日までお元気で。

向日葵蒼』

短い手紙だったけど、この一枚をじっくり読んで、あぁ、好きだなぁ、と無意識のうちに感じている自分がいることに驚いた。

「あの、スカイさん」

「なんでしょう」

「蒼さんにお便りを書くので、少し待っていてもらってもいいですか?」

初めて人を好きだと思った。

この気持ちは、お母様に対する家族愛とは違うと、自分の中でしっかり分別できていた。

この気持ちの名前はわからないけど、将来結婚をするならこの人がいいと、彼への愛が知らず知らずの間に生まれていた。

「もちろん。蒼様もきっと喜びます」

引き出しの中から桜色のレターセットを取り出して、震える手でペンを取る。

『向日葵蒼様

お久しぶりです。私は変わりなく元気です。蒼さんはお元気ですか?

この度は素敵な写真をたくさん、ありがとうございました。初めて見る違う国は、魅力ばかりで、いつかこの目で花火を見たいという夢もできました。

実は来年の八月に、私の誕生日パーティーがあるんです。もし良ければ、逢いに来てくれませんか?私もあなたに会いたいです。

こんなことを書くのは少し恥ずかしいのですが、私はあなたのことが好きなんです。両親への家族愛とも、好きなことへの愛とも違う、生涯この人と生きていきたいと思う、そういう愛なんです。

これ以上、この関係が発展するとは思っていません。ですが、唯一の友人として、来年の八月、会いに来てくれると嬉しいです。

桜香水』

お便りというより、招待所みたいになってしまった。

でも、スカイのくちばしに挟まった私のお手紙を見て、なんだかすっきりした。心の中の溜まっていた気持ちが溢れたように、少し前向きな気持ちになれた。

小さい羽で夏の国へと飛んでいくスカイを見て、よし、と少し気合いが入った。

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