第6話

「昨日はごめんね。うちの母さん、極端でさ」

「こちらこそ。ピリピリしてて怖かったでしょ」

部活で開いていた学校の、倉庫みたいな空き教室。始まりがここなら終わりもここがいいと思って、この場所で待ち合わせた。

「私、考えたんだ。今後どうするか」

「俺も。もし香水も同じなら」

「うん。きっと同じ。次の人生で巡り会うための準備、でしょ?」

きっとそう。好きな人との幸せを取るなら、禁断の吸血行為を行うしかない。それが表すのは、死であることも理解している。

「うん。もし俺がいない人生を、明日も明後日も、その先もずっと、他の人と並んで歩んでいくのなら、聞かなかったことにしてほしいんだけど」

「いいよ。私も朔玖くんと逝くために、今日ここに来た」

私たちは、目を合わせて微笑んだ。

「ねぇ、最後にやりたいこと、全部やろうよ」

「いいね。なにする?」

手を繋いで、学校を出る。

まずはコンビニに入った。食べてみたいものを買って、公園のベンチで食べた。

朔玖くんが好きだと言っていたレバーは、初めて食べる不思議な味がした。なんとも表現しがたかったけど、一緒に食べることで世界で一番美味しく感じた。身体が嫌がっているのは胃の調子で何となくわかったけど、気づいていないふりをした。

スポーツができる施設にも入った。

たまにしんどくて戻りかけたけど、サプリさえ飲んでしまえばそれさえ忘れてしまうほど、楽しかった。

次に海へ向かった。海水がしょっぱくて、磯の匂いが初めて感じたくせに夏らしいと思った。

水を掛け合うことのどこが青春なんだろうと思っていたけれど、真似して掛け合ったらそれはもう、青春の一ページに当たり前のように刻まれた。

「俺、一面に咲くひまわりが見たい。香水と二人で」

その一言で、最後にひまわり畑へ向かった。

私は動きすぎで、朔玖くんは太陽の光を浴びすぎて、もう体力は限界に近かった。

夕方のひまわり畑はもう人が少なくて、最後の時間を過ごすのにはぴったりだった。

「綺麗だね」

「うん。ひまわりはもちろんだけど、香水も同じくらい綺麗だ」

朔玖くんの目が、顔が、身体が。全身で幸せだと私に伝えてくれている。

「私、今が一番幸せ。大好きだよ、朔玖くん」

「俺も。大好きだよ、香水」

私たちは、お互いの背中に腕を回した。

死が近づいてきているのに、不思議と幸せで、未来に初めて希望を感じた。

「じゃあ、始めるよ」

人が周りにいないことを確認して、最後に唇を重ねた。結婚式の誓いのキスのように。

静かで、優しくて。本当に、幸せだ。

もう一度抱き合って、少ししたら首元の髪の毛を持ち上げて、朔玖くんの唇が首筋に触れる。

ピリッとした痛みが走る。でも、痛かったのはその一瞬で、時間が経つにつれふわふわとした夢の中にいるような気分になる。

立っていることができなくなって、目の前が真っ白になって。全身に力が入らなくて、朔玖くんに体重を全部預けた。

ドサッと倒れ込む音が聞こえたけど、自分か朔玖くんか、はたまた両方か、もうわからない。

ただ一つ、最後の最後まで、幸せだと、もうこの世に未練はないと、ひまわり畑の真ん中で二人して遠のく意識の中、ずっと思っていた。

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