第5話

家庭部の人に型紙を書いてもらって、それを切り、またそれを布に合わせて切る。裁ちばさみをもったのは、中学の授業以来だ。

「夏岡さん、これも切って」

「はい!」

「ごめん、なっちゃんこれもお願いしていい?」

「もちろん」

誰かと一緒に何かをやるのは距離を縮めるという印象はあったけど、実感するのははじめて。

夏岡さん、なっちゃん、緋鞠ちゃん、緋鞠。

色んな人に色んな風に呼ばれて、なんだかくすぐったかった。生まれてはじめて、こんなにしっかりとクラスの一員だと感じた気がする。

「緋鞠は何にしたの?」

割とお互い準備に部活に委員会に忙しくて、なんの衣装にしたのかを話す機会がなかった。杏鈴とこんなにちゃんと話すのも、久しぶり。

「シンデレラ」

「え、じゃあ山戸くんとペアの子って、なっちゃん?」

白い紙に線を書く、家庭科部所属の茉那の、黄色い声だけがこちらを向いた。

「え、そうなの?」

杏鈴も控えめに食いついてきた。

なんだか最近、やたら謙介くんの話に敏感になっているように感じる。考えないようにしているけど、もしかしたら杏鈴も……と頭をよぎることが増えている。

「うん、まぁ。成り行きでそうなって」

「へぇー!どんな風に?」

今どきの女子高生というのはとても恋愛に敏感なようで、茉那は杏鈴とは比にならないほどガッツリ食らいつく。

なんかちょっと、そういう疑惑がある杏鈴がいる前では話しづらいけど、話さないのもそれはそれで変に見えそうで怖い。

「図書当番でポップ作ってるときに、童話の本読んで、それで」

なるべく杏鈴よりも茉那のほうをしっかり見て簡単に経緯を説明したらきっと終わりだと思ったから話したのに、食い下がるどころかさらに目を輝かせる。

「どっちが一緒にやろうって言い出したの?」

まるでどっちが告白したの?と結婚の挨拶に行ったときに好意的なお義母さんから聞かれているみたいだ。そんな経験はないけど。

「一緒にやろうっていうよりは、半分意地になってた感じだと思うけど、謙介くんから……」

なんだこれ。恋バナ?恋バナなの?

恋が実りました、と報告しているかと思うほど照れくさいというか恥ずかしいというか。

「きゃー!なにそれ、推せる!」

「……いいなぁ。私も緋鞠とペアコーデしたかった」

悲しそうな顔でボソッと、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で言うから、内心すごくほっとした。謙介くんのことが好き、というわけではなさそうだ。

「杏鈴と茉那は何にしたの?」

「私赤ずきん」

「私はアリスにした」

アリスか。そういえば、衣装一覧の中にハンプティダンプティがあったような。

「茉那のペアっ子いたよね」

「え、誰?」

どうやら一緒に決めたわけではないらしい。

「ハンプティダンプティ」

「あー、あれ?卵型の発泡スチロールに服着せて、ロッカーに乗せようと思って」

「えー、なんだ。緋鞠みたいにいじれると思ったのに」

笑顔が戻ってきた杏鈴は、茉那にそう笑いかけた。

「私は他校に彼氏がいるので」

得意げに胸を張る。茉那の隠しきれていない幸せそうな顔を見て、好きな人と付き合っている彼女が羨ましくなった。

「どんな人?」

「優しくて、ありがとうが口癖。かっこいいんだけど、昔から怖がりで、そこが可愛いの」

愛おしそうに好きな人のことを語る女の子こそが一番可愛いんだろうな。

「幼なじみなの?」

私の問いかけに、茉那はこくりと頷いて、両頬を手で包み込んで「照れるね」と笑った。あざとかった。

「なっちゃんの好きな人は山戸くんでしょ?」

茉那にずばっと言い当てられて、手に持っていたハサミを落としてしまった。明らかにおかしいし、否定するタイミングは完全に遅れを取ってしまったけど、思い切り首を横に振った。

「違うよ、腐れ縁だよ。中学の頃から仲良い男友達みたいな感じだよ」

若干噛みながら、動揺を混ぜて否定する自分は、自分でも分かるくらいに苦しい言い訳を並べていた。

その証拠に、何かを察したような茉那はニヤニヤしながら「ふーん」と笑った。

「違うからね!」

杏鈴を見て、茉那を見た。杏鈴は私たちの会話に相槌を打ちながら、型紙を切っていた。

いつもは、こういう優しさもありつつサバサバしている性格がありがたいし好きけど、今は怖かった。茉那の彼氏の話をしているときは楽しそうだったのに、私と謙介くんの話題になると途端に笑顔は失笑に変わり、作業に取り掛かる。

さっき消えたはずの、杏鈴は謙介くんのことが好き疑惑はまた私の心に戻ってきた。この数十分の間で、キレイさっぱり消え去ることはできなかった。

「杏鈴は好きな人いないの?」

気になって、気付いたときにはもう、そう口走っていた。完全なる失言だった。

「えっ」

自分に話題が向くと思っていなくて驚いてなのか、何かの確信に触れて動揺してなのか。はたまた心を読まれて呆れてなのか。やけに長く感じた杏鈴の沈黙は、きっと実際は数秒にすぎないのだろう。

「いないよ。好きな人。部活で精一杯で、恋に時間使ってる暇なんてないよ」

一瞬私を見て、また紙へ目線を戻す。

一瞬だったけど、焦ったような表情が私の目にはしっかり、はっきりと焼き付いていた。まぶたを閉じると、そこに貼り付いてしまったのかと思うほど、その表情は鮮明に脳に届けられる。その度、ドクッと一度心拍数が大きくなり、だんだん普通に戻る。

そんな顔をするくらいなら、むしろいつもみたいにハッキリしてくれたらいいのに。私の考えと一緒で、友達と好きな人が被るのがしんどいと考えているのなら、私は死ぬ気で謙介くんとは友達だと言い聞かせるから。

謙介くんと、好きな人と、今の関係が壊れて話せなくなることが何よりも辛いのは、体験しなくても想像でわかるから。それなら告白はしないと決めているから。好きになったときから、ずっと。

なにより、好きな人が被らないのが一番なんだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る