第4話

「返却日は五月三十一日の金曜日です」

中間テストが終わると、クラスの雰囲気はあっという間に文化祭と体育祭の準備で浮かれていた。うちのクラスは童話カフェをやることが決まって、くじ引きで決定した裏方以外の人は被りもオッケーでそれぞれ童話に出てくるキャラクターの衣装を選ぶことになっていて、その期限が明日の午前中。午後は買い出し係がそれに合わせて材料を買いに行ってくれるらしい。

「何にするか決めた?」

委員会の方でも文化祭に向けて一人一枚提出しないといけないおすすめの本のポップを作りながら、誰も入ってこない図書室で声量を下げて話す。

「まだ考え中。謙介くんは?」

「僕もまだ決まってないんだよね」

小説のポップを作っている私たちの間にはグリム童話の総集編が鎮座していた。

「どれがいいんだろうね」

画用紙を切っていたハサミを置いて、童話の本をパラパラとめくる。

シンデレラや白雪姫といった有名どころから、聞いたことのないものまでたくさん入っているけど、どれもピンとくるものはなかった。

「シンデレラ」

一緒に目を通していた謙介くんは、ボソッと口にした。謙介くんがシンデレラ?女装?と思ったけど、ちゃんと男性キャラもいるのを思い出した。

「あ、王子様?似合いそう」

シュッとしていて顔も整っているから、きっとすごく似合う。仕草もかっこいいし、適任だ。

「僕じゃなくて」

「え。……私?」

「うん。緋鞠」

ちょっと、想像してみた。シンデレラのドレスを着た自分。

……ちょっとなぁ……。

大して可愛くもない私がシンデレラをやるのはクラスの恥じゃない?

「私には似合わないよ」

「そう?可愛いから似合うと思うけどな」

「えっ」

謙介くんには私が可愛く映ってるってこと?

「友達も、クラスの奴も可愛いって言ってるし」

……なんだ、自惚れるところだった。

まぁ、そうだよね。社交辞令のようなものだったろうに、私が変に驚いたりするから困らせてしまった。

「でもほら、王子様もいないし!」

これできっと引くだろう。そう思ったのに、謙介くんは予想外のことを口にした。

「じゃあ僕が王子になるよ」

本気なのか冗談なのか、私のほうを見てにこりと微笑む姿からはわからなかった。

「え、本当に?」

「うん。似合いそうなんでしょ?」

謙介くんにはあざといところがあるらしい。知らなかった。

「それは、すごく……」

「じゃあ決まり。一緒にシンデレラにしよう」

そう、実行委員に私と謙介くんのコスチュームを連絡してくれた。

「私と一緒でいいの?」

「うん。むしろラッキー、的な」

平然とした顔でそんなことを言う。なんだか謙介くんの手のひらの上で踊らされている気分だ。

「なんで?」

なんでラッキーなの?ちょっとは好意があるから?それとも、友達とお揃いにするのと同じノリ?

「マウント?」

なるほど、マウント……。

わかったような、わからなかったような。

「あのー……。この本、どこにありますか?」

シャツの右ポケットに緑色の糸で学校名の刺繍があしらわれていた。一年生だ。

少し気まずそうな顔をしているから、きっと途中から話を聞いていてタイミングを見計らったのだろう。

「これですね。探すので、座って待っててください」

謙介くんが立ち上がろうとするのを止めたい一心で、先に立ち上がってメモ用紙を奪い取った。

「緋鞠、座ってなよ」

「大丈夫。私が行くから座ってて」

今あの子と二人で待たされるのはこちらも気まずい。申し訳ないけど、男同士で待ってもらう方がいい。きっと。

カウンターから複数並ぶ本棚の前に立ち、やっと目に入れた紙に書かれているのは、主に手芸の基礎の本。

きっと文化祭の衣装を作る担当なのだろう。

タイトルがピッタリ一致する本を全て抱えてカウンターに戻ると、そこは沈黙したままだった。

謙介くんには悪いけど、私が行けてよかった。私だったら耐えられない。

「これで全部です」

「ありがとうございます」

そう、彼は私のほうをちらりと見て、目が合うとさっと顔を伏せた。

「僕やるよ」

こちらへ差し出された手に、持っている本を全て託して椅子に座った。

シンデレラのページが開かれていた童話集は、王子様と結婚して、幸せになる最後のシーン。

ちょっと前に遡ってみると、小さい子が主に読むものだからか、足を切ったりする描写はなく、この本のシンデレラは夢のあるキレイな物語だった。

「あの人、絶対緋鞠のこと気になってるよ」

彼が出て行ってすぐ、小さい棘を持ったような声で言った。

「そんなことないと思うけどな」

本を閉じて、刻一刻と提出期限が迫るポップ作りを再開する。

「やっぱりシンデレラにしてよかった」

わざとなのか、心の声が知らぬ間に零れてしまったのか、画用紙を切りながらこちらを見ずに呟くのを聞いてしまうと、期待しないほうが難しかった。

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