第3話

いつもよりもわくわくする時間は、普段よりも時間が進むのが早い。嫌なことをして過ごす時間と足して二で割ってほしいほど。

「この前の実力テスト返すぞ」

ホームルームの時間に、遅れてくるという担任の代わりにやってきた副担任から、生物のテストが返ってくる。授業でやればいいのに、たまに担任副担任という権利を使ってこういうことをするのはどうかと思う。

「何点だった?」

手元に戻ってきた解答用紙を恐る恐る開くと、その点数が赤字で書かれていた。

「九十三点」

いつも通りで、ほっと肩の荷がおりる。このテストは赤点欠点とは関係ないけど、教科担任に目をつけられる可能性があるのがこの一番初っ端の実力テストだろう。

「すご!私六十三点だった」

ぺらっと音を鳴らしながら丸ばつのついた解答用紙を見せてくれる。

「え、二人ともすごいな」

私の後ろから顔をのぞかせた謙介くんは、杏鈴と同じように解答用紙を見せてくれる。

「三十四点だった」

自嘲するような笑い方をして、次の言葉が出てこない。きっと相当焦っている。

「でもっ」

でもいつも頑張ってるんだから、そこまで気にしなくていいと思う。なんて、無責任にこんなことを言われたところできっと嬉しくない。

「はい席つけー」

最後から片手で数えられる場所にいる謙介くんは、その声に吸い寄せられるように自分の席へ戻って行った。

「明日の授業で解説するから忘れずに持ってこいよ」

テストに関してはそれだけで、話の内容はこの一年受け持つ委員会決めのことに変わった。

先生が黒板に一番重要なクラス委員から順番に、保健委員や体育委員、図書委員に美化委員という定番のものから、最後の最後には修学旅行委員という何やら楽しそうなものもでてきた。

「何にする?」

「楽なのがいいよな」

口々に友人と話す声が聞こえるけど、私は特にこだわりなんてなかった。それは杏鈴も一緒で、きっと私たちは昨年と同じ委員会に手を挙げる。

「じゃあクラス委員やってくれる人」

しばらく時間を置いたあと、先生が私たちの方に声をかける。

毎年この波を乗り越えるのが大変で、これが決まらないと次に進めない。先生と目を合わせたら負け。

「羽純、やらないか?」

内申点がとか、進学するのに後押しになるとか、確かに魅力的だと納得するような利益の話を重ねてその道に連れ込む。

今年もまんまと引きずり込まれた人たちが男女一人ずつ、黒板に名前が並んだ。

あとは希望が被ったらじゃんけんで勝ち取る運試しで、私は昨年と同じ図書委員を、杏鈴はお弁当委員を勝ち取った。お弁当委員は、購買とは別に、朝お弁当を注文する人を募り、名簿にレ点を入れて先生に渡す仕事をする人で、クラスに一人しかできないこと。楽なようで大変そうな役割だけど、杏鈴は楽しそうに昨年もその仕事をやっていた。

ちなみに私の配属の図書委員は、男女一人ずつで、私と謙介くんに決まった。

「早速このあと活動ある人がいるから、それぞれこのプリント見て移動するように」

黒板にマグネットでA4サイズのプリントを貼り付け、「さようなら」と挨拶をしたらすぐに教室から出ていった。

プリントの前は人だかりができて、今あそこに混ざっても背が高くて目がいい人しか見えないのはその場に行かなくてもわかっていた。

「緋鞠、図書室行こう」

ひと足早くプリントを見て、カバンを持って来てくれる。

「帰らなくて大丈夫?」

「うん。今日は友達とハンバーガー食べに行くって連絡来てた」

「そうなんだ」

「あ、里片さんは今日は委員会ないって」

私の席を離れる前に、杏鈴にそう声をかけた。

こういうところ、好き。誰かの分も見てくるところ。気遣いできるところ。優しいところ。

「え。あ、ありがとう」

目が点になっていて、相当驚いているみたいだ。

「じゃあね」

誰にでも笑顔で、誰とでもすぐに友達になれるところ。

「うん、バイバイ」

杏鈴の手を振るときの顔は、私に向けられたものと変わらなくて、嬉しいような、嬉しくないような。

この前のサバサバした、しおらしい感じがなくなっていて、明らかにこの前とは違うなにかがあるような気がした。それが恋愛感情なのか、はたまた友達感情なのか、それは定かじゃないけど。

「まさか同じ委員会になるとはね」

「びっくりしたよ。一発で決まったかと思ったら、隣に謙介くんの名前が書いてあるんだもん」

静かにしないといけない図書室の前までは帰る人や部活に行く人たちの話し声が聞こえてきたけど、図書室に入った途端、静かな世界に変わる。ここだけ場所が違うこの感じが結構好きだ。だから図書委員は辞められない。

荷物は床に降ろし、筆箱だけを指定された席の机の上に置く。

委員会が始まると、放課後の図書委員の問答無用で組まれたシフトが一人一枚配られて、この通りに仕事してくださいね、と教えられる。

貸し出し返却のバーコードの読み取り方、コンピュータの使い方、図書委員の主な仕事。

もう既に手元にあるプリントをもう一度受け取って、サッと目を通す。

返却日は貸出日の二週間後。

先生生徒関係なく、頼まれた本を探すのも仕事。

部活よりも委員会が優先。

こんなことがずらっと書かれていた。

「私は部活を見ないと行けないので、活動中に何かあったら職員室へ行ってください」

昨年とは違う担当の先生は委員会の終了間際にそんなことを言って、解散になった。

一年の男子たちの間で、先生はいいのかよとブーイングが上がっていて、そう言われれば確かに、と思ったけど、いないほうがやりやすいから聞こえていませんようにとこっそり願った。

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