第3話



 彼は津川家の家人を一目で魅了し、それはそれは大切に可愛がられて育てられた。


 彼も注がれる愛情にこたえて、家族に従順でよく孝行に尽くした。



 勉学や武道にもよく励み、まったく文句をつけようがない完璧な跡取り息子。



 その姿に手を叩いて喜ぶ両親を、私はどこか鼻白んだ顔で眺めていた。




(――――おもしろくない)




 それが、この環境に対する私の気持ちだった。



 両親の愛情を一身に受ける彼。

 そして文句をつけられない完璧すぎる彼に、認めたくないけれど嫉妬の念を抱いているのか。


 ともかく私は、彼に傾倒する両親に冷ややかな視線を向けながら、なるべく彼から一歩引いた距離で接していた。



 父上からも母上からも、叔父さまや姉さまや奉公人からも。


 こんなにもいつくしまれ、愛情を注がれる彼は幸せだと思った。






 ※家人かじん……家の者。家族。

 ※従順じゅうじゅん……すなおで人に逆らわないこと。

 ※鼻白はなじろむ……興ざめた顔をする。

 ※傾倒けいとう……ある物事に心を引かれ、ひたすら熱中すること。


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