第4話



 季節はめぐり 移りゆく。



 穏やかな気候になり、暖かい風が頬を撫ぜる。

 里山の動物達は動きだし、花芽の息吹きも目覚ましい。



 喜代美が養子に来てから、四度目の春がやって来た。



 成長した彼は勉学のために熱心に日新館に通い、私は近所の手習い所や裁縫所に向かう。



 当時の女子教育といえば、なんと言っても和裁が重要だった。

 たしなみというだけでなく、優れた子弟は和裁に秀でた母から生まれると言われたほどだ。



 どちらかというと裁縫が苦手で、十六歳になっても裁縫所に通っている私は、きっといい母親にはなれないわねと思いつつ、


 外出がごく限られていた武家女性にとって、数少ない社交場である手習い所や裁縫所に通うことが楽しみのひとつだったように、私も気晴らしのひとつとして、未だに裁縫所へ足を運んでいた。




「行って参ります!」




 女中のおたかを連れだって大きく声を張りあげ門を出ると、すぐ目の前に広大な藩校日新館はんこうにっしんかんが視界を覆う。


 その敷地は東西百二十五間(227m)、南北六十四間(116m)にも及ぶ。


 まさに学問と武道の大殿堂だ。



 わが津川家の拝領屋敷は、日新館の正門(南門)から左斜ひだりはす向かいにあるため、日新館で学ぶ生徒達の元気な声が屋敷にいてもよく響いてきた。




「もう四ツ(午前10時)を過ぎましたから、喜代美さまは『書学』の時間でございましょうか」




 そう話すおたかは、今年奉公にあがったばかりの十三歳。

 容姿がずば抜けて良い喜代美に、ひそかに憧れを抱いている。



 まだまだ幼い声で話すおたかの言葉を聞き流しながら、素知らぬふりで通りをずんずん歩いてゆく。






 ※子弟してい……ここでは武士の子と弟。

 ※拝領屋敷はいりょうやしき……当時の武家屋敷は個人所有のものではなく、官舎だった。今でいう社宅。

 跡取りがいなかったり、江戸常詰として転居する場合は、屋敷を返上せねばならなかった。


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