第14話
「ギザギザはケホケホの葉っぱ」
大塚が出した薬草を見て、温乃がそう言うと、大塚は「ほう」と感心する。大塚の手には周りがのこぎり歯のようになった緑色の葉がある。
「これとは別にもう一つあるが、それも知っているのかな?」
温乃はギザギザの葉と一緒にすり潰していたもう一つの葉を思い出す。
「うすい、みどイの葉っぱ」
「そうだよ、黄緑色の……」
大塚は答えながら抽斗を開けて別の薬草を出した。丸みのある黄緑色の葉を温乃に見せる。
「ギザギザとうすい葉っぱ、いっしょにつぶす」
大塚から手渡された二種類の葉を温乃はすり潰していく。
「お師匠さんがいたのかな?」
そう聞かれて思い出すのは白兎のこと。師匠だと思ったことは一度もないが、大塚が聞いているのはそういうことだと思って首肯した。
「優秀な薬師なのだろうね」
「うさぎ」
大塚の動きが一瞬止まる。
「それはお師匠さんの名前……、なのかな?」
「うん。うさぎ」
「そうかい」
大塚は納得したのか分からない表情で笑った。
沈黙の中、作業を進め二十分ほどが経過したところで桐也が戻ってきた。
「キイヤ」
温乃は嬉しくて、薬研から手を離し、桐也に手を伸ばす。
「遅くなりました。温乃は良い子にしてたかい?」
桐也は当たり前のように温乃を抱き上げてくれる。
「帰ろうか」
温乃は桐也と一緒ならどこに行ってもいい。こくんと頷くと桐也が微笑むので温乃の胸の奥が温かくなるような気がした。
大塚に挨拶をすると、また来なさいと微笑まれた。
病院を出てまた自動車に乗る。桐也が『帰ろう』といったので加藤邸に帰るのだと思ったが、自動車が止まったのは人が多く行き交う賑やかな場所だった。
*
温乃が銀匙を口に入れる。甘いかたまりは口の中で柔らかく崩れ溶けるように喉の奥へと流れていった。
「んふ」
隣に座る桐也を見上げると、にこにこと楽しそうに笑っている。
「プリンというんだよ。美味しいかい?」
「ん」
銀匙にまたプリンをすくう。口に運ぶ度に桐也を見るが、桐也はずっと温乃を見ていた。
ここはカフェーなのだと桐也が教えてくれながら一緒に建物の中に入った。
たくさんのテーブルと椅子が並ぶ中で、誰も座っていない席へ二人で腰をおろしたのだ。それから桐也はすぐに女給を呼んで注文した。
「キイヤの?」
桐也の前にあるカップを温乃は指差した。
温乃は黄色いプリンが皿に盛られているが、桐也はカップに黒いものが入っている。
「珈琲だよ。飲んでみる?」
コクコクと頷けば、桐也がカップを温乃の前に置き直してくれる。
「熱いから気をつけて」
「ふー、する」
茶屋のお茶が熱かったあの時に教えてもらった、息を吹きかけて冷ます方法を温乃は少しずつ練習していたのだ。
「お! 上手にできるようになったのだな!」
褒められたことが嬉しくて温乃はもう一度息を吹きかけた。何度か繰り返すと、桐也に「そろそろ飲めるだろう」と止められる。
温乃は熱さを確認するようにカップを少しだけ傾けて、黒い液体を唇に当てる。
「ん?」
温乃はわずかに眉をしかめてテーブルの上に戻した。
「口に合わなかった、かな?」
すぐに頷いてしまいたい温乃だが、桐也が好むものを否定すれば嫌われてしまうかもしれないと考えた。
そしてもう一度挑戦しようとカップを両手で持つ。
「無理しなくていいよ? 苦手なら苦手でいいんだ。ほら、口直しにプリンを食べなさい?」
温乃の手からカップが抜き取られる。それから桐也は銀匙を持ってプリンをすくい、そのまま温乃の口に入れた。
「プいン、おいし」
「好きなだけ食べるといい」
「プいン、プいン、キイヤ、キイヤ」
温乃は美味しい『プリン』と、大好きな『桐也』をきちんと発音したくなり、何度も繰り返してみるが、何度声に出しても『プいン』と『キイヤ』になってしまう。
「どうした?」
「プいン、言えない」
「少しずつ練習しよう」
「キイヤ」
「き、り、や。『り』は舌の先を上に動かして歯の裏に当てるんだよ」
温乃は教えられるままに実行してみる。
「キ、チ、ヤ?」
やはり言えなかったと落胆する温乃の頭に温かな手がのせられた。
「大丈夫だ。頑張り屋の温乃なら言えるようになるさ。言えるようになったら一番に聞かせて欲しいな」
温乃はもちろんだというように首を縦に振る。
「それに歩けるようになったら、きっともっと楽しいぞ。自分の行きたいところにいつでも行くことができるんだからな!」
温乃は頑張ると示すように首を大きく縦に振って見せた。
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