第76話

それから、おどけたように離れてくれたハルナさん。


そんな彼にホッと胸をなでおろす私に、「いやーやっぱりうまいね。絵を描くのが」なんて自慢げに声を張ってきた。


何を自分のことみたいに。



あなたが誇らしげになる意味が分からないと思ったけど、とりあえず「ありがとうございます」とだけ返す。




「ていうか、やっぱりって…私の絵、見たことないくせに」


「んー?あるよー?」


「適当なこと言わないでください」





知ったかぶらないで。


と、また観光マップを開き始める私から、ヒョイとそれを奪い取ってしまうハルナさん。




「適当なことだと思う?」



私の胸の奥を探るように、下から覗き込んで視界に割り込んでくる彼に、思わず喉が鳴った。




「俺はいろはがどんな絵を描くのか、知ってるよ」


「……そんなはず、」


「繊細だけど、力強い。想いの全てがギュウギュウに詰まったキャンバスは、見るものの心を震わせる。いろはが描いたものは…、まっすぐで、眩しくて、明日を見る希望を与えてくれるんだ、っていうことも」



物憂げな微笑みだった。直ぐに楽天的に「……んまー、信じるか信じないかはいろは次第だけどねー」なんて、観光マップを返してくれたけれど、つい息をするのを忘れてしまっていたことに気づく。

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