第73話

鹿沼市は、栃木市の真北にある日光市にも隣接している大きな街だ。





「あっ!ついた!」


「おやおや…、降りねえといけねえべ」




ふと、車窓に向けていた視線を隣に戻す。




「降りられるんですね」


「うん…、短い間だったけど…世話になったねえ」


「オネーチャンありがとう!ミユ頑張るね!」



東武金崎駅を出発して間も無く乗車して来たミユちゃんたちにとって、新鹿沼駅が降車する駅だったらしい。


ボックス席に乗り込んで来た人が一人、また一人と電車を降りてゆく。




「……っ…」




スケッチブックを抱きかかえて立っているミユちゃんの頭を撫でる。


そこから老婦人に目を配ると、彼女は口の端に皺を寄せ、噛みしめるように、小刻みに唇を震わせて私を見下ろしてくる。


綺麗な漆黒の瞳は、確かに私を映していた。




「……良い旅を。心からそう、祈っているよ…」




せきせきと言葉を並べ、つぶらな瞳を涙ぐませると顔を綻ばせて背を向けた。








……なんなんだろう。




東武金崎駅で降りていったおじさんとも似ている奇妙な感覚する。




「また何処かで出会えたらいいねえ」


「ばいばーい!おねーちゃん、おにーちゃん!」




ホームに降り立った二人はこちらに手を振ってくる。


プシュー…、扉が閉まると、後ろ髪引かれる私を他所に電車は動き出した。






──旅は出会いをくれる。


それがたとえ、どんな形なのだとしても。

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