第72話
「本当に…」
「ばぁちゃん?」
皺の目立つ目尻から流れているのは確かに涙の粒だった。また、だ。私はこの日に涙を三回も見た。
世の中の人は涙もろいのだろうか。
心配するミユちゃんに「だいじだべ」と微笑んだ老婦人は、隣に座っているハルナさんへと目をやった。
「描いてもらえて、よかったねえ…」
「…」
「よかった、ねえ……」
ハルナさんは何も答えなかった。
丸眼鏡の奥に影を落としたまま、彼女に無言で頭を下げるだけ。
潤んだ瞳を揺らし、声を震わせながら涙を拭うと、私へと頭を下げてきた。
小さな背中をさらに曲げて。
「初対面、の、私らにこんなに良くしてくれて…ありがとねえ…」
「いえ…」
「こんな絵まで貰ってしまって…」
「こちらこそありがとうございました。…私も何だかたくさん貰っちゃいましたから」
けれど、歯切れが悪そうに口を開く彼女は、両手を振って困り顔をする私に、また物切なそうな瞳を向けてくる。
「…そうかい……」
また、雫を落とす。
スケッチブックに描かれた絵を再び感慨深そうに見つめる老婦人に、「変なばぁちゃん」と不思議そうにするミユちゃん。
二人はしばらく絵を眺めていた。
ハルナさんはまた電車の外の世界へと意識を飛ばす。
伏し目がちに、何を考えているのだろう。
『新鹿沼〜、新鹿沼〜』
気づけば私も上の空になっていた。いつの間にか動いていた景色が静止している。
いろいろと話し込んでいるうちに
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