第61話
ミユちゃんも、老婦人も私を見ていた。
自分自身に自問自答を繰り返す。
「やりたいことをちゃんと"やりきる"ためにはね、きっと、チャレンジが必要なんだ」
「やりきる?」
「うん、私も苦手なんだけどね」
ミユちゃんはしっかり聞いてくれていた。
まさか、私がこんなことを言うなんて。
「私ね、絵を描いてきて思うんだ。なにかを生み出すことってね、いままでの知識や経験がぜんぶ、めっちゃくちゃ役に立つの」
「……そう、なの?」
「そうだよ。たくさん勉強してきた人の絵は、みんなを魅了する。伝える力がある。ミユちゃんはどんな絵描きになりたい?」
立派な人間になんてならなくていいから、好きなことだけしていたいと思っていた。
自分にだけ優しい世界で生きていたいと思っていた。
そうして毎日を過ごしていると、いつか、今の私みたいに虚無感で押しつぶされそうになる。
なんのために生きているのか分からなくなって、ただ呼吸をしているだけの日々の繰り返しになってしまう。
きっとそれではダメなのだ。
人は、外の世界を見て、成長していく生き物だ。心のどこかで本当は、そういう人になりたかった。だから、この電車に乗ったのだ。
なんだったかな。
私も小さい頃にこのようなことを言われたんだっけ。
私がミユちゃんくらいの年の頃から、よく絵を教えてもらっている先生がいる。基本中の基本を叩き込まれたものだ。
………だから、これらは受け売りの言葉ばかり。まさか自分が誰かに助言できる日が来るとは思わなかったけれど。
「どうせだったら、本物の絵描きになりたいでしょ?」
「……本物の、」
「うん。ミユちゃんはなんで絵を描いてるの?」
私が絵を描き始めた最初のきっかけは、両親が笑顔になってほしいと思ったからだった。
忘れかけていた気持ちを取り戻すことができたから、この子もちゃんと気づいてほしい。
電車は依然として田舎町を駆け抜けてゆく。
終点へと、少しずつ近づいていた。
「……それは」
ミユちゃんは老婦人に目を配り、ギュッと口を結ぶ。
「ばぁちゃんが最近、ね…元気なくて」
「…ミユ」
「でも、ミユが絵を描いたらね、ばぁちゃん、泣きそうになりながら笑ってくれるんだよ」
「…っ」
「なんでなのか分かんないけど、絵を描いたらばぁちゃんが悲しい顔をしないでくれるから。だから、描いてる」
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