第56話

東武金崎駅を出発してまもなく、ハルナさんが私に言ってきたことと同じような内容だと思った。




辛く苦しいことを乗り越えてこそ大人になる。


つまり、成長するってことは、彼の話の中に出てきた"目的地が不明確な電車"に乗ることと同じなのだ。





"目的地のある電車"に乗ってしまうのは、何の苦労もしない、楽な人生。


それこそ、何の中身もない日常の繰り返しをすることを意味しているけれど、自分が傷つくことはないのだ。





ただぼんやりとしていた。


ただ息をしているだけの、同じ毎日の繰り返しから、どうやったら出られるのか。そんなことばかりを考えていたけれど、結局のところ、ただ電車に揺られているだけで、自分からレールを切り替える勇気はまだない。






──大人になる、か。



私はやっぱりまだ子どもだ。


高校生という年代は大人か子どもか、中途半端な時期だというけれど、大人の定義をそうやって定めてしまうのなら、私はきっとまだまだ子ども。





まだまだ向き合えていない気がする。



何に?






…何に、なんだろうね。







「なんだか私も考えさせられちゃいました…」






今日はやっぱり不思議な日だ。


胸の中に詰まっていたモヤモヤが、少しずつ溶けてゆくような気がする。





線路の上を駆ける電車の勢いに、その塊が次々と引き剥がされていくようで。


穏やかで優しげな印象を受ける老婦人は、しばらく私のことをジッと見つめていた。

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