第46話

「………何を物騒な、」





流れる田んぼ風景に視線を落としていると、次から次へと懐かしいエピソードが蘇ってくる。


眉を下げる私は、急に変なことを言い出すハルナさんに呆れ笑いを浮かべてしまった。






「あら、信じないか」


「もっとうまいジョークを言ってくださいよ」


「……逆に言えばジョークじゃないかもしれない。だって、実際いろはは俺の正体がなんだか分からないわけだし」


「まあ…そうです、けど」






「……じゃあ、つまりはさ、こういう仮説も立つわけだ」



ズイ、と顔を近づけてくるハルナさんは、きっかいに口角をあげる。


そのあまりの近さに喉を鳴らせてしまい、まるで彼へと意識が注がれた。






「もしかしたら、俺はすごーく悪い人かもしれない……って、」





ハルナさんが使っている柔軟剤だろうか、その爽やかな香りは意図せずに私の胸をくすぐる。


引き寄せられる香りだった。




「例えば、いろはの心臓を食べちゃおうかなー…とか、」


「ええ?」


「…思ってるかも」


「……し、心臓ですか?」


「そ、心臓」





ほっそりとしていてしなやかな指を私の正面に向けてくるハルナさんは、出会った頃よりも意味深で妖艶なように思えた。


「ま、冗談だけど」とすぐに表情を緩めてくれたけれど。



「でも、よくよく考えたらさ。俺はいろはを知っているのに、いろはは俺を知らないわけだ。わるーいことを考えていろはに近寄ってるって考え方も、出来なくはないだろ?」


「またまた…、その私のことを知ってるってのも、どうせつまらないジョークで…」


「ジョークじゃないって言ったら?」


「……え?」




とらえどころのない丸眼鏡をキラリ、と反射させたハルナさんは、前屈みになると自分の膝の上で頬杖をつく。



「君のことは何でも知ってるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る