第43話

「大切な誰かと一緒に乗っているのなら、その勇気が持てるのかもしれない」


「大切な、」


「人は人と寄り添い合うことで無限に強くなれる。心が通い合っていると思えば、何処へだって行ける。レールが何本も引かれていたとしても、不明確な未来に臆することはなくなる」


「……」


「"目的地の分かる電車"は居心地がいいけれど、そうやって人はたまに、誰かと一緒に"目的地のない電車"に乗りながら成長してゆくんだと俺は思う。だから、いろはも、」




ハルナさんの瞳が少しだけ揺れていた。


日常と非日常を電車で例えているのだろうが、急に小難しい話をしはじめた。




「俺がいるから、一緒に乗ろう」


「なんでそこでハルナさんとなの」


「うわ、酷いな」




けれど、付け足された言葉に一気に肩が落ちた。




さっき知り合ったばかりのハルナさんと私が運命を共にしたところで、生まれる心の強さなんてないような。




「あなたも乗ってるんですか?」


「ん?」


「目的地の分からない、電車に」




そして一つ気になったことがあった。


ぼんやりと外を眺めながら乗車しているのかとも思ったけれど、実際問題ハルナさんはどうなのだろう。




どういった理由で、この"東武日光行き"に乗り込んでいるのだろう。






「乗ってるよ」





ハルナさんは、静かな佇まいで口を開いた。




「目的地がより一層分からない電車に」


「より、一層…」


「何処に辿り着くのか本当に分からない」


「…」


「逃げて、諦めることも可能だったし、むしろその方が楽だったのかもしれないな」



けれど、とそう付け足したハルナさんは丸眼鏡を外して、私の瞳を直視してくる。


寂寥感と漂流感。


ハルナさんは言葉で表すのならそんな人だった。



「希望を捨てきれなかった」


「希望、ですか…?」


「うん。俺、さ……」



無機質な車内アナウンスが鼓膜を揺らしてくる。


空調の風が私の長い髪をなびかせ、その後を追うようにしてハルナさんの髪も巻き上げられる。




「人を殺したことが──あるんだよね」

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