第42話
名前を聞いておけばよかったかもしれない。
何処で会える確証もないのに、そんなことを考えた。
無意識に欠落しているものが、もしかしたらこの旅で見つかるかもしれない。
同じ日々の繰り返し。
朝が来て、夜が来て、また朝が来るだけの日々。
私が見ている世界は、物質がただ存在しているだけの、中身のない特色もないただのモノクロなものなのだ。
なーんとなく生きる。
そんなもぬけの殻のような生活から飛び出したくて、この電車に乗り込んだ。それが見つかるのかもしれない。
「このレールの先にはさ、目的地が必ずある」
止まっていた景色が再び動き始めると、ずっと黙っていたハルナさんが唐突に口を開いた。
頬杖をついたまま、窓の外を眺めていた視線を私へと向けて。
「だから人は迷わず、電車に乗り込むことができるんだ」
「…」
「そこには決まった未来が存在している。自分がその場所で何をすることになるのかを、容易に想像できるから」
不思議な雰囲気をもつ丸眼鏡。
襟元がくたびれたグレーTシャツ、ジーンズに、もっさりした黒髪。
この電車に私が乗車した当初と変わらない風貌なのに、まるで別人のように話すハルナさんに呑まれそうになった。
「でも、何処に行くのかが不確かな電車だったらどうしよう」
「…あの」
「何処に行くのかも分からないと不安だし、怖い。だから、多くの人は乗り込むことを選択しないのだろうね」
「…」
「でも、よく考えてみると思うんだよね。実質的に前に進むことができているのは後者かもしれないって。まったくの未知に触れることは自己の成長につながる。分かっていても、人はなかなかそっちに踏み切れないんだ」
「…」
「じゃあ、踏み切れる人はどんな人なんだろう」
ガタンゴトン…電車が揺れている。
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