第38話

──それから、








幼い頃の記憶が、ふと脳裏に浮かんできた。


奥底で眠っていた、些細な日常のワンシーン。



"ただいまーっ!"と、小学校から帰ると"おかえり"と言ってくれる人はいなかったけれど、私は寂しくなかったのだ。


電気一つついていなくたって。


家の中がシン、と静まりかえっていたって。




近所の子の家から、楽しげにテレビを見ている団欒の声が聞こえてきたって。


平気だったのは、確か。




庭先から声が聞こえてくる。


誰かが私の家の中に入ってきて、それから──。




"いろはっ!"









──そこで、ハッと引かれるように顔をあげた。



一瞬、両親とは違う声が混じって聞こえてきた。なんだ、今の。






「父と母がいつも頑張ってくれているって知っていた、から…」




けれど、私は無意識に掻き消した。


心臓が妙な脈を打ったように感じたからだ。






「二人が帰宅すると疲れた顔をしていることにも気づいていたし、それを隠そうとしていることも分かっていた、から」

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