第37話

チラリ、と視線を正面に寄せれば、ハルナさんは窓の外を眺めている。


丸眼鏡を光に反射させ、物憂げなような表情は歳相応な大人っぽさを醸し出している。






「ダイナミックに水飛沫をあげる大谷川を眺めて、口をあんぐりと開ける幼い私に、よく父がウンチクを話してくれました」


「ハハ、僕みたいに?」


「ああ、そうそう! そういえばそんな風に! 物知りな父に尊敬の眼差しを向けていたなあ…。東照宮に入ると徳川家の歴史を話してくれた。難しくて当時の私には理解できなかったんですけど、おかげで社会の点数はトップクラスでした」






──なんとなく学校をサボって終点まで乗ってみようと思ったのではなかった。



私はあの場所に行きたかったのだろう。


日光は私にとって特別な場所だった。





家族との思い出が詰まった場所。


私の大事な思いが詰まった場所だ。




「私は、思い出したかったのかもしれません」


「思い出す?」


「最近、毎日が同じことの繰り返しのような気がして、鬱々としていたんです。漠然と不安になって、ちゃんと生きている実感が沸いてなかった」


「…」


「日光に行ったら何か変わるかもしれないと思って、見つかるかもしれないって、きっとこの旅に導かれた」




"旅"は自分を見つめ直す機会をくれる。


普段とは違う場所だからこそ見えるもの、


日常への気づきの機会を与えてくれる。





「たくさん写真を撮ってみせてあげなきゃなあ」


「写真…?」


「はい。親に見せたい思います。それから、」

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