第36話

旅はいろんなことを思い出させてくれる。


毎日同じことを繰り返していて忘れてしまっていた、大事なこと。


電車に揺られながら、昔感じていたことを思い出した。




「私の親は共働きなんです。シフト制で働いている分、なかなか私との時間が取れないことを母も父も分かってた。だから、二人の休みが重なる日は貴重でした」




当時、というか──今も私の家はそれほど裕福ではない。


母は遅くまでパートをしてくれていたし、父も同様に飲食店で働いている。




汗水垂らして私のために必死に働いてくれていることは、幼いながらに理解していた。


だから尚更、休みの日は楽しみだった。


父と母と日光へ行くことが恒例行事になっていたから。



私の手を引っ張って、微笑んでくれる母と父。




太陽の日差しがあまりに眩しくて、その輪郭は不鮮明に──映る。


美しい風景を見て母も父も笑顔になった。


日々の疲れも一瞬で吹っ飛んだという。


──日光に来れば、彼らは笑ってくれたのだ。






「私の家、あまりお金がなかったので、遠出するとしても日光くらいしか行けなかったんです。ほら、新大平下駅からだと鈍行でも1時間ちょいですし、普通列車の代金だけでもぜんぜん申し分ない旅ができるじゃないですか」


「……そうだね」


「でも、私はすごく幸せでした。友だちが東京に行った〜だとか、大阪行った〜だとか、そんな自慢をしていても、何も思わなかった」


「…いい子だね、君は」


「そうですか…?私はただ嬉しかっただけです。母と父と一緒に何処かへ行けるのなら、二人が笑顔になってくれるのなら、私はそれだけできっと十分だったんです」

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