第35話

思い出か。


なにかあったかな。





ハルナさんは頬杖をつきながら横目だけ私に向けて来ていた。




中学生。


小学生。


いや、もっと、前に、たしか。





「あれは……」




記憶を手繰り寄せる。


限界の限界を切り開くようにして見つけだした記憶の端っこには、幼稚園生の私がいた。




「小さい頃に、」


「……」


「幼稚園生の、時に」


「……」


「よく日光に連れていってもらっていた、から」




顔を上げるとおじさんは目をやんわりと細めて私を見下ろしてきている。


しっとりと眉が下げられて、白髪混じりの髪が空調の風に揺られている。





「すごく、楽しかった記憶があります」


「……」


「ふわっとしか覚えてないですけど、こんな風に休みの日は電車に乗って、お菓子なんて広げて、それこそ遠足みたいに」


「うん」


「家族と一緒でした。だから、余計に日光の景色が綺麗に見えて、キラキラして、眩しくて、日光はずっと私にとってそういう場所だった」


「ご家族と?僕にも娘がいてね、日光へはよく連れていってあげていたものだよ。……君みたいにそう思ってくれているといいな」




おじさんが静かに瞳を下げ、私のことを包み込むようにして見つめてくる。




「きっと、思ってます」

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