第7話

『新大平下〜、新大平下〜』




車掌の無機質なアナウンス音を聞きながら、私は東武日光行きの電車に乗った。


4つの席が向かい合わせに並ぶ朱色のクロスシートの車両は、とても趣がある。





通勤通学の時間帯といえば、東京でいうと隙間もないくらいにサラリーマンやOLが乗車しているイメージがあるけれど、この路線の朝の風景は違っている。


アウトドアグッズを身につけている乗客がクロスシートを取り囲み、談笑をしている。それに混じってサラリーマンや学生がチラホラと立っている光景。





「ママー、お菓子食べてもいいー?」


「あら、朝ごはん食べてきたのにもうお腹空いたの?」


「うん。だってずっと電車乗ってるから。ねえねえ、まだ着かないのー?」


「あと1時間くらいよ。お菓子食べてていいからいい子にしてなさいね」


「やった、わーい!」




東京方面から乗っているその人たちの多くは、きっとこのまま栃木県屈指の観光地である日光にっこうに行く。



ハイキングに行く格好をしている人と、制服を着ている高校生が同じボックス席に座っていることもよくあった。


だから、テスト期間中で憂鬱な時はとくに、電車の中で旅行客を見るたびに、このまま終点まで乗り過ごして現実逃避をしたいと思っていたものだ。



東京の通勤電車だとこういう光景はあまりないのかな。


私には東京の満員電車に乗る勇気はないなあ。







『ご乗車、ありがとうございます。当電車は──……』





──さて、どこか席は空いていないかなあ。


1時間5分も立ち乗車するのはさすがにキツイから、と思っていたけれど、今日は珍しくボックス席に空席があった。


4人がけのところに1人だけ男の人が座っていたけれど、「失礼します」と頭を下げて相席させてもらうことにする。




2両目、進行方向から一番最初のこの席。ここにしようと決めたのはなんとなくだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る