第42話

ベスから母親の手がかりを聞き出すと、エレノアとフィーネは辺りを探して回ることになった。差し支えない距離を保ちながら、ガストマがエレノアのあとをついてきていることには気づきはしなかった。


「このあたりに、ベスのお母様はいらっしゃいませんか~?」

「おーい、誰か、ベスって子のマンマ知ってる奴いるかぁ?」


 エレノアは町中でこれほど大きな声を出したことはなかった。ましてや、幼い子どもの身の安全がエレノアの手にゆだねられている。

 フィーネがいたことが心強かった。エレノアは、己一人だけではなし得なかったかもしれないと思った。


「ベス? 知らねぇなあ」

「知らないかあ…」

「すまねえな、フィーネ。こっちでも探しといてやるよ!」

「恩に着る!」


 しばらく手当たり次第に声を駆け回っていると、驚くことに商店街にいた魔族たちが母親探しの協力をしてくれた。


(……なんて情が深いのかしら)


 どの者も知らない、と首を振るだけで終わらない。


「おー…なあに、迷子? はやくマンマが見つかるといいんだけど」

「ええ、そうなの。このあたりで、赤いワンピースを着ている女性を見かけたりはしないかしら?」

「うーん、どうだろう鬼形だろう? あたしは分かんないんだけど、出店やってる知り合いにあたってみるよ!」

「ありがとう…! 助かるわ!」


 エレノアは、なんと心あたたかな者ばかりなのかと感動をした。

 大通りを往復し、入り組んだ通りまで声をかけて回る。ベスが不安にならないように、エレノアは覚えたての民謡を口ずさんで見せた。


「本物の太陽……僕も見られるかなあ」


 エレノアはこれまで、音楽というものに触れたことがない。故にあまりうまく歌えなかった。

 だが、唄とは不思議なものだ。聞かせただけで相手の不安を吹き飛ばすことができ、歌うだけで己が強くなれるような気がする。このようなものを、どうしてサンベルク帝国は禁じてしまうのか、と。


「ベスも、青空の下に行きたいと思う?」

「……うん、人間いるから怖い、けど。どれだけ青いのか、見てみたい」

「そう……」

「でも、エレノアおねーちゃんの目も、真っ青で綺麗! 水色で、キラキラしてる!」

「ふふ、ありがとう。そんなに珍しいものかしら」

「うん! 森の外はこんなにキラキラしてるのかなあ!」


 エレノアはまた胸を痛めた。森の外は、エレノアにとっては当たり前の世界なのだ。魔族であるこの子たちは、行きたくとも行かれぬ事情がある。




「──なあなあ、お嬢ちゃんたち、もしかして迷子の母親を探してるのかい? ついさっき、裏手の通りで子どもを探してる女を見かけたところなんだよ!」


 瞬く間にツテが広がり、ついにベスの母親らしい有力な情報が得られた。エレノアとフィーネは再び顔を見合わせ、目撃情報のあった通りへと向かう。そこには、赤いワンピースを着ている鬼型の魔族の女がいた。

 背丈はエレノアの三倍はあり、ベスの服と同じ柄のバッグを持っていたのだ。


「ベスー! 私のかわいいベスー! どこにいるのー!」

「っ、マンマ!」


 ベスはエレノアのもとから離れ、泣きじゃくりながら駆けていった。

 べスの母親が我が子の声に弾かれるように反応をして、すかさず抱き留める。


(ああ、よかった…!)


 エレノアやフィーネと一緒に探し回ってくれた魔族たちも集まって、親子の再会を盛大に祝した。


「よかったなあ、ベスー!」

「もう迷子になるなよー!」


 エレノアは再びフィーネと目くばせをして、ほっと胸を撫でおろす。自分のことのようにうれしかった。


「ベスったら、どこに行っていたの。心配したのよ…! 怖かったでしょう!」

「…ごめん、なさい。でもね、おねーちゃんたちが一緒にいてくれたから、平気だったよ!」


 べスはエレノアの方へ向き直り、手を振ってくる。


「あの……息子のことは本当にありがとうございました。なんとお礼を申したらいいか」

「いいえ、とんでもないわ。あなたたちが再会できてよかった」

「この御恩はきっと…忘れませんわ。ほら、ベスもちゃんとお礼をいいなさい」

「…えっと、その、ありがとう! エレノア、フィーネ」


 エレノアは急に照れ臭くなった。感動的な巡りあわせに拍手が飛び交い、どこからか口笛まで聞こえてきた。

 周囲を魔族たちに囲まれながらこの度の活躍を称賛され、まるで己が魔族の民の一員になったような心地さえしたのだった。



「しっかし、エレノアって控えめなタイプなんだと思ってたのに、意外と思い切りがいいんだな」


 ベス親子と別れてから、エレノアはフィーネと町中を歩いていた。ふと、付き人の存在が頭から抜け落ちていたことに今になって気づく。

 周囲を見回すと、少し離れた場所で火吹きトカゲの串焼きを食べながらこちらを見ているガストマとキキミックがいた。


「そ、そうかしら。泣いているあの子を見たら、放っておけなかったんだもの」

「あはは、あれは結構かっこよかったよ!」

「ふふふ、そんなことはじめて言われたわ」


 エレノアにとってははじめてのことばかりであった。

 町中を歩き回ったこともなければ、声を張り上げたこともなかった。なにより、誰かと協力してなし得たこと。胸に熱い気持ちが宿った。


「それにしても、あの子からすると、エレノアがすぐに声をかけてくれたのは幸いだったな。もし下手に森の中に迷っちまったりしてたら、取返しのつかないことになってたかもしれないからな……」

「取返しのつかないこと?」

「ほら、ガキは人間どもの餌食になりやすい。最近では森の中まで入ってくるクソどもがいるからよ、あのマンマは生きた心地がしなかっただったろうな」


 だが、すぐに複雑な心境に陥る。

 フィーネの瞳にもまた、人間への怒りが宿っていたからだ。


「エレノアも気をつけろよ。同胞を襲うなれ果てもいるから、森の中の一人歩きは控えるように」

「え、ええ…」

「そんじゃ、あたし、これから仕事があるんだ! 今日はあんたに出会えてよかったよ! ああ……あと」


 また会えるだろうか…とエレノアは淡い期待を抱く。己にそのような資格がないとしても、願わずにはいられなかった。



「これからはどうか、あんたの友達ってことで、よろしくな!」



 フィーネはにこやかに笑いながら去っていった。


(――友達)


 はじめて力を合わせた。サンベルク帝国の皇女としてではなく、はじめて、エレノアという存在自体を認めてくれたような気がしたのだ。


 まるで夢のような冒険。ドキドキと胸が高鳴るのに、何故か悲しい。


(私は人間であるから、きっと彼女の本物の友達には、なれない――…)


「さあ、帰りますぞ、エレノア殿」


 呆然と立ち尽くすエレノアのもとに、ガストマとキキミックが歩いてくる。キキミックはまだ火吹きトカゲの串焼きを食べていた。


「ええ…」


 背中を丸め、のそりのそりと歩き始めるガストマについていく。エレノアは、今日の出来事をオズに話したいと思ってやまなかった。

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