第41話

エレノアはオズの魔術によって生かされている。フィーネが声をかけてきたのも、エレノアが同胞であるように見えているからだ。エレノアはそれがどうにもやるせなかった。


「ごめんなさい。皆にはそのように呼ばれたことがないものだから」

「へえ~、じゃあもしかして、いいところのお嬢様なんだ」

「う、うーん、どうかしら。とにかく、踊るのもはじめてだったからドキドキしてしまったわ」


 フィーネの実年齢はともかく、外見だけでかんがみるとエレノアと同年代のように見受けられた。これまでに同年代の娘と気さくに話す機会がなかったため、エレノアは胸を高鳴らせた。


「うげぇ~、そんなことってあるのかよ! もったいないなあ…」

「そうね…、私も、そう思う」


 エレノアは眉を下げて小さく笑った。


「そうすると、エリィは城下町もはじめてか?」

「え、ええ…実はそうなの。びっくりしてしまったわ。あまりに活気づいているんだもの」


 フィーネの問いに、エレノアはとっさに話を合わせる。


「じゃあ、思う存分ハメを外していくことだな! ここは、“タイヨウの広場”だから、日夜問わず暇人どもで賑わってるんだ」

「タイヨウの…?」

「ああ、あの物見やぐらの上に光の玉があるだろ? イェリの森には陽の光がささないからって、我らの王が作ってくださったんだ」



 エレノアはほう、息を吐いて見上げた。


(オズが――…)



 それはまるで、神の力が宿っているかのように神秘的であった。魔族たちは、これを見上げて唄を歌い、楽器を演奏し、その場にいる者全員の魂を持って、本物の太陽に思いをはせるのだろう。

 エレノアにはこれが、禁じられるまでの行いだとは思えなかった。


「とても、綺麗だと思うわ」

「そうだろう? これをはじめて見た奴なんて、感動のあまり泣いちまうことだってあるんだ」

「……皆、太陽が恋しいのね」

「ああそうさ。魔族なんだから、当たり前だろう? まったく変なことをいうんだな、エリィは」


 どこからともなく笛の音が聞こえてくる。


「今に、我らの王が人間を打ち滅ぼしてくれる。そうすれば、こんな森の中に隠れている必要はなくなる。本物の太陽が見られるんだ!」


 力強く芯のあるフィーネの言葉に、エレノアは胸を痛めた。

 エレノアにフィーネに敵対する気持ちは微塵もない。そればかりか、この台詞を聞いてもなお、フィーネのような魔族が邪悪であるようには思えなかったのだ。


 だが、サンベルク帝国を信じたい気持ちも存在する。なによりも敬愛するサンベルク皇帝が統治する誇り高い国。

 女神オーディアに愛されている敬虔な民が、恨まれるほどの搾取をするなどは──…とエレノアの表情は曇った。





「えーん、えーん…マンマぁ…どこぉ?」


 すると、近くで泣いている子どもの声が聞こえてきた。エレノアはフィーネとともに辺りを見回した。動物の皮が売られている屋台のそばで、鬼の子どもが心細げに立っていたのである。


「大変、迷子かしら」

「あ、ちょっ…エリィ!」


 エレノアは居ても立っても居られなくなり、ほぼ反射的に足が向いていった。フィーネは慌ててエレノアのあとをついていく。遠くからガストマが見守っていた。

 鬼の子どもの正面にしゃがみ込むと、できるだけ怯えさせないよう声をかけた。


「お母様とはぐれてしまったの?」


 エレノアには、父や母と町中ではぐれてしまった経験はない。だが、一人きりは孤独であり、形容しがたく怖いものだということを知っている。

 エレノアの場合は皇女という立場であったために、それを受け入れねばならぬ運命にあった。寂しい、怖い、抱き締めてもらいたい――などとは、口が裂けても言えなかった。


「…っ、うん」

「そう。あなた、お名前は? 私はね、エレノアというの」

「……エレ、ノア?」

「ええ、そうよ」

「僕はね……ベス、だよ」


 鬼の子どもの涙はようやく収まった。エレノアの隣で、フィーネは驚いたように息を漏らす。


「ベス。素敵な名前。怖かったでしょうに、一人でよくがんばったわね」

「うう…、マンマがね、マンマが…いなくてね!」

「大丈夫、大丈夫よ。私が一緒に探してあげるから、お母様がどんな方なのか教えてくれないかしら」


 エレノアはベスの小さな手をとり、フィーネと頷きあった。


「なあベス。マンマは今日、何色の服を着てるのか、思い出せるか?」

「えっと…うーんと、赤色の、ワンピース」

「あとは、目立つものを身に着けていたりはしないかしら」

「目立つ……? えっとね、マンマはね、僕の服とおそろいのバッグを持ってるよ」

「身長は? 大きいか? 小さいか?」

「すっごくおっきいよ! それにね、綺麗な角が三本も生えてるんだ!」

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