第10話 外(デバフ環境)で遊びましょう④

「え、ちょ、呱々原さん!? どうしたの!?」


 喉まで出かかった心臓を押し戻して、背後の呱々原さんに声を掛ける。


 俺が緊張で振り返れない中、呱々原さんは沈黙を貫いていた。


 なにこの状況。結婚するってこと?


 そのまま数秒、十数秒が経過する。


「……」

「……呱々原さん?」


 やっぱり気になって背後を振り返る俺。


 そこには、


「↑↗→↘↓↙←↖↑↗→↘↓↙←↖↑↗→↘↓↙←↖」

 

 目をグルグルと回して意識が朦朧としている呱々原さんがいた。


「呱々原さん!? 大丈夫!?」


 俺がふらつく彼女を咄嗟に支えると、彼女は口を開いた。


「……ふぁ、ふぁいひょうぶ、らよ。は、配信中の私はむ、無敵だふぁら。……じゃあ今日のゲストはリア友で最近よく遊ぶ槙島 日向君でふ」


 全然大丈夫じゃなかった。


 リスナーにリアル特定されて袋叩きにされるから流石に辞めてほしい。


 近くにあった商店街のベンチに呱々原さんを座らせて安静にさせる。


 しばらくして意識を取り戻した彼女はベンチの上で土下座し出した。


「た、体調管理してなくて、ご、ごめん、なさい! ど、どんな罰でも受けます!」


 俺をなんだと思っているんだ呱々原さん。

 

「ちょ、違うよ呱々原さん! 俺のせいだから! 俺が咄嗟に誘ったからで!」

「ち、違、です!」

「え?」

「……き、昨日の夜は、ね、眠れなかったから。……す、凄く楽しみ、だったから」

「……そ、そうなんだ」

「う、うん」


 最早本日何度目か分からない胸の高鳴りを感じつつ、呱々原さんの暴走を止めるべく俺は説得を続け、最終二人とも半々で悪いよねって事で何とか折り合いをつけた。


 その後彼女は少し動けるようになったけど、家まで帰れるか心配だったので、話し合って彼女の親後さんに電話して車で迎えに来てもらうことになった。


 __のだが、


「……し、仕事終わりに来るので、……八時になったら来ます」


 今は午後の四時半なので、あと三時間近く時間を潰さないといけない。


 うーん、流石に喫茶店に戻るのもな。

 無駄にお金が掛かるし、退店する直前は賑わい客も増えて喧騒が増してた様子だし。


 多分どこの店もこんな感じじゃないかな。

 呱々原さんに耐えられるだろうか。


 静かで落ち着ける場所か。


 俺は少し考えて、ある案を思い付いた。


 『俺の家』である。


 いやでも、いくら友達でもさ、異性を家に誘うのってどうなの。

 変に思われて怪しまれたりしないかな。


 でも提案もしないで外で過ごさせるのは何か罪悪感あるし。

 埒が明かない。聞いてみるか。


「あ、あのさ呱々原さん」

「……?」

「も、もし良かったらさ? ウチで休んでいく? ここから近いんだけどさ。……な、なんてね」


 対する呱々原さん。


「…………………………………………」


 彼女は固まったまま動かなくなってしまった。


 終わった。

 誰か時間を戻してくれ。


「お、俺の母親も家にいるしさ!? こ、呱々原さんのご両親にも俺の母から連絡してもらったら安心かなって思って!?」

「……うぇ!? あ、そ、そういう」


 苦し紛れの俺の説得? に合点が言った様子の呱々原さん。


「……で、でも、め、迷惑じゃ」


 そう言って俯く呱々原さん。


 今しがた自己保身しか頭になかった俺と他人を慮る呱々原さんとの人間力の差を感じつつ、


「ウチは全然迷惑じゃないよ! 寧ろ友達連れて来いって言われてるくらいだしさ」


 俺は明るくそう言って、呱々原さんをフォローした。


 正直に言うと、お互い周囲の人を巻き込んだ時点で既に迷惑は掛けてると思う。

 でもそれで良いと思った。俺達はまだ高校生なんだからさ。


 時には親に甘えて、怒られて、そこから反省して次に生かせばいいんじゃないかな。


 俺は学習しないから同じこと繰り返すんだけど。


 呱々原さんはしばらく逡巡したのち、


「……じ、じゃあ、お、……お言葉に、あ、甘えて」

「う、うん! 全然良いよ! いらっしゃい!」

「う、うん」


 こうして、呱々原さんが俺の家に来ることになったのだった。



■■■



 呱々原さんと徒歩で歩いて十五分。


 俺にとっては見慣れた景色が目に入ってきた。

 家までもうすぐだ。


 早く帰って呱々原さんを休ませてあげたい。


 そう思いつつ、隣で歩く彼女に目を向ける。


「……ゼェ!……ゼェ!……ゼェ!……ゼェ!」


 物凄く疲れていた。

 変質者の格好で上体をフラフラとさせながらゾンビみたいに歩いている。


 やばい。俺が彼女をフォローしないと。


 そう思い動こうとしたけど、


「……ゼェ!……ゼェ!……ゼェ!……ゼェ!」


 俺もゾンビになってて動けなかった。


 恥ずかしいよ。


 呱々原さんはまだ分かるけど、俺まで虫の息なんですけど。


 なんか最後の方で色々格好つけたけどさ、俺だって本来体力ゼロの陰キャだからね。 


 ちなみに俺も女子と遊ぶ期待と興奮で昨日から眠れてませんでした。


 そうして二人して息を取り乱しながら歩いていると、前方に俺の家が見えてきた。


「ゼェ、あ、あそこが、俺の家だから!」

「……」

「呱々原さん?」


 返事のない彼女に視線を向けると、口から魂が半分飛び出ていた。


「こ、呱々原さん正気に戻って!」


 俺が呱々原さんの魂を全力で掴んで命を繋ぎとめていると、


「何してるんだい? 日向」

「!?」


 背後から聞き慣れた女子の声がした。


 慌てて振り返ると、そこには買い物袋を抱えて訝しんだ目で俺を見つめる私服姿の怜がいた。

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