第9話 外(デバフ環境)で遊びましょう③

「……もうなんか、色々ごめんなさい」


 一旦落ち着くために避難した喫茶店にて、向かい側の呱々原さんがテーブルに額を擦り付けて謝ってきた。


「ぜ、全然謝らなくていいよ! 誰だって苦手な事の一つや二つあるしさ! 俺は呱々原さんと遊べて凄く楽しいよ!?」

「!? ……う、うん」


 とはいえ、呱々原さんがここまで外が苦手だとは思わなかったけど。


 店内は落ち着いた大人の一人客が多く、喧騒や人目が苦手な呱々原さんもひとまずは安心といった様子だ。


 彼女が身に着けていたグラサンやらマスクやらを外して素顔を晒す。

 本人は無頓着だけど、やっぱり凄く容姿が整ってるよな。


 今俺はこんな可愛い子と二人で遊んでるのか。

 そう思うと嬉しくなったり緊張したり。


 目のやり場に困りつつ、平静を装って二人でメニューを注文する。 


「……あ、おいしい」


 運ばれてきたオムライスを小さい口に運んでモグモグしながら呱々原さんがそんな声を漏らした。


 可愛い。


 味に夢中になって次第にほっこりした表情を浮かべる呱々原さん。

 続いて彼女はメロンソーダをストローでチビチビと吸い始めた。


 可愛い。


 胃袋だけじゃなくて心も満たされつつ、俺はふと気になったことを彼女に聞いてみた。


「呱々原さんってさ、何でVチューバーになろうと思ったの?」


 チュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥズボボボボボボボボボボボボ!!!!!!!


 直後メロンソーダを勢いよく飲み干す呱々原さん。


 ほっこりしてた空気が一瞬で霧散する。


 よし。うん。あれだ。今のなし。


「こ、この話題はやめよっか! ひ、人それぞれ事情はあるよね!」


 普段これだけ人目を気にする奥手な彼女が、何で大勢の注目を集めるVチューバーになったのか気になったんだけど。


 目が点になりながら空になったコップをストローで吸い続ける彼女を見て、流石にこれ以上聞く気にはなれない。


 話題を切り替えようとする俺を、


「……い、え、だ、大丈夫、……だよ」


 状態を保ち直した呱々原さんが制した。


 いやいやいやいや。

 大丈夫なの!? 絶対大丈夫じゃないでしょ!?


「む、無理しないでね?」

「……う、ううん。……だ、大丈夫。ま、牧島君なら、……い、良いよ?」


 手をモジモジさせながら小声でそんな発言をする呱々原さん。


 好きになるから辞めてほしい。

 今回はゲームセット負けで済んだけどさ。


 数秒の沈黙があって、呱々原さんが改めて口を開いた。


「……じ、自分に自信が、なくて。か、変わりたかったから」

「……そうなんだ」

「う、うん」


 彼女の話をゆっくり聞くと、体力も無くて運動も苦手で勉強も言うほど出来なくて、かといってコミュニケーション能力に優れている訳でもない自分にコンプレックスを抱いていたらしい。


 自分には何があるのだろう。そう思った時にVチューバーのオーディションを受けたら、運よく受かったのだとか。


 ひとしきり話し終えた呱々原さんは、オドオドとこちらの反応を伺っている。

 俺がどう思ったのか気になっている様子だ。


 そんな彼女に、


「話してくれてありがとう。凄いね呱々原さんは」


 俺は尊敬の念を込めてそう返した。


「うぇ!? い、今の話、私の、わ、悪い所ばっかりで……そ、そんなこと、……ないよ?」

「ううん。凄いと思う!」


 自分の弱さをこうして人前に曝け出せることがまず凄いし、変わろうとして結果を出したのも尚凄い。


 俺がそう言うと、


「……うぇへ。ぜ、全然大したことないよ。こ、こんなの幼稚園児でも出来るっていうか、……えへへ」


 分かりやすく照れる呱々原さん。


 俺が幼稚園児以下だったショックは置いといて、今回呱々原さんが自分の話をしてくれたのは凄く嬉しかった。


 少しは俺を信用してくれてるのかな。なんて思ったり。


 正直人気Vチューバーになった今も自己肯定感が低いのはちょっと気になったけど、これ以上はしんみりしそうだし、聞くのはやめようと思った。


 せっかく休日二人で遊んでるんだもん。

 楽しまなきゃ。


 そのまま呱々原さんと次に遊ぶゲームの話をしたり、今日買った『ジミカノ』の話をしたり、他愛もない話で時間を潰した。


 とても居心地のいい空間だった。

 勇気を出して遊びに誘ってよかった。


 そして。


 ずっと一緒にいたいけど、物事には何でも終わりが来るものである。


「呱々原さんってここから家は近いの?」

「……で、電車で、一時間くらい」

「一時間!? え、大丈夫だった? いきなり誘っちゃってごめんね!?」

「ぜ、全然良いよ! わ、私が来たくて、き、……来たから」


 そんな呱々原さんの発言に悶えて倒れそうになりながらも、気付けば時間は午後四時になろうとしていた。


 俺は家が徒歩十五分圏内で近いから良いけど、呱々原さんは移動時間もあるし、電車の時間も考えるとそろそろお開きの頃合いじゃないかな。


「……そろそろ、帰ろっか」

「……う、うん」


 超絶名残惜しい気持ちを押し殺して、二人で会計を済ませて店を出る。


 再度不審者の身なりに戻った呱々原さんを駅まで見送ろうと一緒に歩き出した所で、


 ぼすっ! 


「え?」


 突如、呱々原さんが後ろから俺に抱きついてきた。

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