第4話 呱々原さんの正体

◇20:00~ 鳳凰院はかせの配信◇



「……えと、き、今日は、ラインクラフトをやっていこうかなと、お、思います」



【コメント欄】

 どうしたの?

 今日はより陰キャっぽいね

 イキり成分が足りない



「すぅぅぅぅぅぅ。……いや、あの。わ、私陰キャなので。はい」



【コメント欄】

 !?

 !?

 認めた、だと!?



「っていうか、あの、こんな感じじゃなかったでしたっけ? 普段から私。ええ」



【コメント欄】

 え、誰?

 誰だよ

 誰ですか?


■■■


 鳳凰院はかせが自ら陰キャである事を認めたその日。

 事件は〇ahooニュースにも取り上げられ、瞬く間にVチューバー界隈を震撼させた。


 あれだけメッキが剥がされて一年間陰キャってボロクソに言われても、本人だけは頑なに認めようとしなかったのに。


 いつもと違うはかせの配信にリスナーの皆が驚いていた。俺もその一人だ。


 一体何が起こっているのだろうか。

 というか俺は何を起こしたのだろうか。って言うかそもそも俺は関係あるのか?


 疑問を解消するべく、俺は今日学校で起こった呱々原さんとの出来事を振り返ってみる事にした。


■■■


 床に落ちた『鳳凰院はかせ 今週末の企画案』と書かれた呱々原さんのノートを俺は拾い上げる。


「ん? 鳳凰院はかせの、企画案?」

「……」


 あれ? 呱々原さん、はかせの事知らないって言ってなかったっけ。

 言いたくなかったのかな? でも俺今口に出して触れちゃったしな。


 そんな疑問を持ちつつも、ひとまずノートを本人に返すことに。


 その際、


「企画案って、まるで呱々原さんが鳳凰院はかせみたいだね。ってそんな訳ないか。はは。ごめんね中身見ちゃって」


 特に考えもなく俺がそんな事を口にすると、


「あばばばばばばばばばばばばばばば」

「ちょ! 呱々原さん!? 体が凄い勢いで上下に振動してるけど!? 地震!?」


 そのまま気をつけの姿勢で後ろに倒れそうになる呱々原さんを俺はすかさずキャッチして支えた。


 初めて女の子と密接に触れた。とかそんな事を言ってる場合じゃない。

 ちなみに幼馴染の怜は兄妹みたいなモノなのでノーカンである。


 俺は彼女を何とか椅子に座らせて安静にさせる。


 そしてしばらくして意識を取り戻した呱々原さんが口を開いた。


「……そ、その、うぇ。そ、その、知ってるって言うのは、ど、どこまでご、御存じなのでしょうか」

「え?」

「……は、はかせについて」

「え、えっと。……最近自分から話しかけて友達作ったって」

「ご、ごめんなさい調子に乗ってました! ……し、死にます!」


 床に土下座しようとする呱々原さんを俺は再度椅子に座らせて安静にさせる。


「べ、別に本当の事だから気にしてないよ! だ、大丈夫だから!」


 本当はちょっと調子に乗ってると思ったのは墓場に持っていこう。

 このペースだと墓場溢れるぞマジで。


 っていうかそもそも、まだはかせ本人と断定して良いのかどうか。


 いや呱々原さんが嘘を吐ける人だとは微塵も思ってないんだけどさ。


 ど、どうするこの状況?


「うぇ、……ば、バレた。……バレた。しかも身バレ、み、皆に知られて、うぇ。終わった。……サヨナラ私の人生。forever」


 隣でお通夜モードの呱々原さんを俺は眺める事しか出来なかった。


■■■


「うん。俺関係あるっぽい」


 記憶を辿って一人夜の自室で納得する俺。


 今日のはかせの配信の雰囲気も呱々原さんに近いし、八割方本人じゃないかと思い始めている。


 いや、いずれにしてもだ。


 誰にも知られたくない呱々原さんのヒミツを俺が暴いてしまった事は確かなのだ。

 なんとかしないと。


 という事で、翌日の昼休みの図書室。


「あ、あのさ呱々原さん」

「……うぇ?」

「俺、誰にも言わないから大丈夫だよ」

「!?」


 俺はまず彼女を安心させる事にした。


「誰だって知られたくない事の一つや二つあるしさ! ってか言える友達なんてそもそもいないんだけどね」

「……え、あ」


 呱々原さんが不安にならないように、気にしてない風を装って明るく振舞う。

 本当はクソ気にしてるんだけど。


 ついでにこれも。うーん、、、言っても良いかな、もう。


「俺さ、実はプロのラノベ作家を目指してるんだよね」

「……え?」

「いや、普通に働いてひっそりと死にたくなくてさ。アニメ化作家になって成功して、有名になりたいなーって」

「……す、凄い」

「ぜ、全然凄くないよ! 最近あんまり書けてないしね! 呱々原さんの方が遥かに凄いから!」


 実際はあんまりどころかゼロだし、最近どころか一年まともに書けてないしね。

 咄嗟に見栄張っちゃたよー、ふえー。


「これ恥ずかしくて周りにはあんまり言った事なくてさ。……自信がないのもあるんだけど」

「……」

「と、とにかく要はそう言う事だよ! 皆そういうのがあるって事! だから呱々原さんの気持ちも分かるし、俺は言わないよ!」

「……あ、ありがとう」


 呱々原さんがいつもよりしおらしく感じる。相当弱ってたみたいだ。


「凄く良いと思うけどね。呱々原さんのあの配信の感じ」

「……え?」

「元気で明るくて面白いし。あれだけ多くの人を楽しませてさ。努力して結果も出して。本当に凄いと思うよ」


 俺は心からの本心を言って呱々原さんを励ます。


 すると、


「……あ、あんなもの、ど、努力の内に入らないって言うか。私にとってはこ、呼吸と一緒で、えへへ」


 彼女は口元を緩ませて嬉しそうに笑った。


 調子に乗るの早え。


 呱々原さんが鳳凰院はかせだと十割納得した瞬間である。


 まあ、少し元気になってくれて良かった。


 あ、そうだ。これも言おうと思ってたんだ。


「やっぱりクラスメイトに配信観られるのは気まずいよね」

「……?」

「大丈夫だよ! 俺観ないようにするからさ」

「!?」


 俺のせいではかせの伸び伸びとした魅力が損なわれるのは嫌だった。


「あ、気にしないでね。呱々原さんの事は全然関係ないし。元々ネットサーフィンのし過ぎで悩んでてさ。何処かで絶たないとなーって思ってたんだ」


 呱々原さんが負い目を感じないように努めて明るくそう言う俺に対して、彼女はスカートを両手で握って首をブンブンと横に振った。


 そして、


「……い、嫌じゃ、ない」

「ん?」


 俺に顔を向ける呱々原さん。

 前髪が揺れて、再度潤んだ宝石のような瞳が露わになる。


 この時初めて目があった気がする。


 真っすぐに見つめてくる彼女の瞳は本当に綺麗だった。


 心なしかその頬は赤く染まってるようにも見えて。


「ま、槙島君は、嫌じゃ、ない、よ? 寧ろ……」


 そこで言い淀む呱々原さん。


 ……え、寧ろ、何?


 俺がドギマギしていると、キーンコーンと昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 顧問の先生がやってきてお開きとなる。

 

 そうして不完全燃焼で有耶無耶になったまま、その日の学校は終わった。


 その夜、呱々原さんから〇INEが飛んできた。


『槙島君が観てくれて、私は凄く嬉しいよ?』


 どんな心境でそのメッセージを打ったのか、俺はその日気になって眠れなかった。


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