第2話 陰キャと陰キャ①
高校二年生になった始業式の早朝。
本来祝うべき新年の季節を一ミリも堪能する事なく、カーテンで閉ざされた部屋の中で俺は、机の上のPCとにらめっこしていた。
開いているのは文書のドキュメントソフト。
ライトノベルの新人賞に応募するためのドキュメントを三か月前に出版社のサイトからダウンロードしてきたのである。
そして現在の進捗はと言うと、
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ライトノベル新人賞.doc
『タイトル』
『本編』
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一文字も書けていなかった。
「あー、おっぱいおっぱい。死のうかなマジで」
ヨミカキで一話ずつ投稿するとPV数が気になって執筆に集中出来ないって理由で、最後まで書ききって応募する新人賞を狙ってみたけどこの有り様である。
俺は環境を変えれば努力出来る人間だって可能性に浸りたかったけど、結局書けない言い訳だった。
そもそも結果を出す人はどんな状況でも行動するのだ。
なんか言い訳とか現実逃避してる内に丸一年経っちゃったんだけど。
せめて少しでも傷を浅くしたくて始業式に早起きして小説を進めようとしたけど、一切書けてないのが現状だった。
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◇鳳凰院はかせの配信◇
「待ってヤバいよ! 明日ね、リアルで凄く緊張するイベントがあって。周りの人と仲良く出来るかなって。ファーストコンタクトって大事じゃない? あ、トークデッキとか作るべきかな」
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現実逃避ではかせの昨日の配信アーカイブを観てたけど、そろそろ学校に行く時間である。
現実は待ってはくれない。
学校マジでぶっ壊れねえかな。
俺は家を出て、門を閉める。
そこで、
「うーい、ひさ」
背中を軽く小突かれた。
突然の事に驚いて後ろを振り向くと、隣家の幼馴染、王子 怜(おうじ れい)が立っていた。
怜は俺の驚いた表情をみてクスリと笑う。
「ビックリした? 僕に全然気付かなかったでしょ」
「うざ」
「っていうか、日向ちょっと背伸びた?」
「あー、去年から四センチは伸びたかも」
「そうか、頑張りたまえよ」
「喧嘩売ってる?」
頭にぽんぽんと手を置いてくる怜の手を俺は払いのける。
身長百七十六センチの怜に対して、平均身長以下の俺には身長面で言い負かせられるカードがない。
それでもコンプレックスを弄られてムカいたので、
「お前また無駄におっぱいデカくなったな」
そう言ってやった。
直後、思いっきり俺の背中を叩こうとする怜の手首を俺は慌てて掴む。
「そ、そういうのセクハラだし! デリカシーないから止めな? 僕気にしてるんだけど!?」
「お前がな!?」
「相手が傷つくとか考えないの!?」
「お前がな!?」
テメエ女子で面が良いからって何でも許されると思ってんじゃねえぞ!
ちなみに怜はロシア人のハーフで銀髪のショートヘア、中性的で整った顔立ちと高身長から、学校では『白銀の王子様』と呼ばれているらしい。
幼稚園の頃は俺より背が低くて後ろから引っ付いてくる妹分みたいな奴だったのに、いつの間にか俺の完全上位互換の漫画のキャラみたいになってしまった。
っていうかコイツ力強いんだけど。やばいこのままじゃ負ける。
俺は共倒れになる(嘘)と休戦協定を怜に申し出て、二人して息を整える。
そして、
「たまにはさ、一緒に遊ぼうよ。こうして話すのも久々だしさ。学校も違うから中々会えないし」
後ろで手を組みながら怜がそんな事を言ってきた。
「あー、まあ、良いかもね。そのうちね」
歯切れ悪く俺がそう応えると、
「またそのうちって。まだ小説書いてて忙しいの? そんなに今切羽詰まってる感じ?」
怜がそう言って問い詰めてきた。
俺はゲロをまき散らしそうになる。
前回も本気で小説に専念したいって理由で遊ぶのを断っていた。
いまだに書けてる小説がゼロだなんて絶対に言えない、怜(れい)だけに。
「そ、そんな感じかな」
「見せてよ」
「……」
「読者に読んでもらった方が良くない?」
「……確かに」
「ほら、まだ時間あるでしょ?」
「……いや、始業式だから」
「じゃあ五分だけで良いよ」
「……いや、始業式だから。あー!! ダメだヤバい遅れる!! また今度見せるから!! じゃあ!!」
「……バカ日向」
背後で何かを呟く怜を無視して、俺は逃げるようにその場を後にした。
■■■
改めて本日は二年生の始業式。
体育館で校長や教頭の挨拶、新年度の方針発表などが行われたのち、クラス替えが行われる。
基本学校ではボッチの帰宅部だけど、どんなメンツと一年間共にするのかは流石に気になった。
俺自身悪目立ちしたくないし、同じクラスに素行の悪い奴がいて欲しくない。
自分の教室へ足を運んでみると、まだ初日とはいえ、パッと見素行の悪い奴はいなさそうだった。とりあえず安心する。
ホームルームでは若い女性担任の指導のもと自己紹介の時間が設けられた。
「はーい。狩野君ありがとね。一年間よろしくお願いします。はい、じゃあ次は、呱々原さんかな? 自己紹介お願いします」
「……は、はい。こ……です。……ので、ます」
「えっと、ごめんね何て?」
各々が席を立って自分の名前と趣味や特技などを話していく中で、俺の番がやってくる。
俺は緊張しながらも無難に映画鑑賞を趣味に挙げて自己紹介を切り抜けた。
もっと自分をオープンにしないと皆と距離が出来るのは分かってるけど、オタク趣味で舐められたくなかったり、気疲れしちゃうから人付き合いが苦手だったり、小説に専念したかったり。
一人が好きな訳じゃないけど、いつの間にか周囲と距離を取るのが普通になっていた。
当たり前だけど、そうやってA〇フィールドを全開にしてたら、数日後にはボッチになっていた。
小説に専念したい、でも一年間書けてない。
孤独が寂しい、でも面倒くさい付き合いは嫌だ。
このまま大した努力も出来ずに青春をドブに捨てたらどうしよう。
果たして俺のやってる事って正しいのか?
そんなメンヘラな不安を抱えながら、いつもの生活を送ると思っていた俺に、四月の後半で思いもよらない転機が訪れた。
結論から言うと、俺は図書委員になった。
俺の学校は田舎町で生徒数が少ないから、委員会の立候補者が少なくて最終くじ引きで決まったりすることもある。
今回は俺がクラスの男子枠でハズレくじを引いたのだ。
そして男子枠があるという事は当然女子枠もある訳で。
「……ま、槙島君。よろ……く」
その女子枠には、呱々原 夜奈(ここはら よな)さんが選ばれた。
自己紹介でボソボソと何を言っているのか分からなかった彼女である。
ちなみに俺は彼女と話すときは凄く凄く耳を澄ませるようにしている。
小柄体型、黒髪おさげの丸メガネが特徴的な女の子。
眼鏡の縁と前髪で目元が隠れていて表情は読み取りづらいが、基本寡黙で超絶引っ込み思案な性格なのは、誰の目から見ても明らかだ。
実際、誰が話しかけても返答の乏しいその様子から、取り付く島がないと周囲から評価されていた。
「よ、よろしくね。呱々原さん」
「……うん」
「……」
「……」
き、気まずい。不安しかない。
ぶっちゃけ俺も陰キャのコミュ障だし、果たして上手くやっていけるのだろうか。
なんて思ってたんだけど。
そのまま顧問の先生や三年生の図書委員長に指導して貰いながら嫌々業務を覚えていき、四月の第四週の昼休みは、俺と呱々原さんのペアが図書室での本の整理や貸出・返却業務を任される事になった。
「…………っ!!」
「こ、呱々原さん大丈夫!? 本持ち過ぎじゃない!? くの字になってるけど!?」
「うえあ!? あ、……だ、だ、です!!」
俺には分かる。多分「大丈夫」って言ってる。
「俺が持つよ! あそこの本棚に戻せばいいんだよね?」
「ゼェ……あ、う、はい。あ、ありが、とう」
時には非力な呱々原さんに変わって重たい本の整理を手伝ったり。
「すみませーん、この本を借りたいんですけどー」
「……っ!? !!!!!!!!?????????」
「ちょ、呱々原さん大丈夫!? 目が白黒してるけど!?」
「○×△☆♯♭●□▲★※%&※$」
「お、俺やるから!」
時には超絶コミュ障な呱々原さんに変わって本の貸出業務を手伝ったり。
そんな日々を送っている内に、彼女が流暢に日本語を話した時があった。
「……生まれてきてごめんなさい」
いや重いよ呱々原さん。
俺はカウンターに突っ伏す呱々原さんにフォローを入れる。
「俺は迷惑だなんて全然思ってないからね。寧ろ俺の方がいつも呱々原さんに助けられてるし」
「……え?」
これはお世辞でもなく本当の話。
細かな事務作業は呱々原さんの方が圧倒的に早くて正確だし、あと全体的に業務を覚える速度が早い。先生や図書委員長からの指示もいち早く理解してるし頭の回転も早いと思う。
ミスや物忘れをしてもノートでメモを取って直ぐに修正してくるから、実は対人業務や力仕事以外で俺がフォロー出来る事は少ない。
むしろ、俺の方がずぼらだから、彼女に色々助けられてるし。
って事を本人に伝えると、
「……うぇへ」
呱々原さんの口元がはにかんだ。
目元は見えないけど、初めて笑った所を見た気がする。
その様子が嬉しくて、俺は更に調子に乗って呱々原さんに話しかけにいく。
「呱々原さんは本当にしっかりしてると思うよ! 俺、呱々原さんが図書委員で良かったよ」
「!? ……そ、そう、……かな」
「そうだよ! 寧ろ俺が呱々原さんにお返ししたいよね。どんどん頼って欲しいっていうか」
「……」
「困った事とかあったら何でも遠慮なく言って欲しいし。まあ出来る事は少ないんだけどね」
「……遠慮なく、何でも」
「そっちの方が俺は凄く嬉しいかな」
「……嬉しい」
「うん。何か困ってる事ある? って咄嗟には出てこないか。はは」
ちゃんとその他の図書委員の業務はこなしてるもんね。
まあ誉め言葉に一部誇張表現はあったけど、言い終わった俺は満足して通常業務に戻る。
隣では呱々原さんが俯いて、「……うぇあ、あ、でも、うぅ」とかブツブツ言っていたが、いつもの事なので俺は気にしなかった。
ただその日いつもと違ったのは、その後彼女が突如両手で握りこぶしを作って「……いや。行け、行くんだ私」とか言い出した事。
そして、
「ん?」
呱々原さんが俺の制服の裾をちょいちょいとつまんで引っ張ってきた。
さらに、
「……ハァハァハァ! すううううううううううううううううううううう!! ふううううううううううううううううううう!!」
と、激しい動機の後大きく深呼吸をし始めた。
その様子は今にも死にそうである。
「こ、呱々原さん!? 何か苦しそうだけど大丈夫!?」
そんな俺の心配をよそに彼女は言う。
「……あの、わ、私、槙島君と、仲良く、なりたい、……です!」
視線を横に反らし、頬を赤らめて訴えてくる呱々原さん。
揺れる前髪。
そこには、他を圧倒する均整の取れた容姿を持つ美少女がいた。
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