ep.4大型ホームセンター:株式会社デッドボディズエブリウェア②

バナナペンギンさんが宮崎市の大型ホームセンター「デッドボディズエブリウェア」を訪れてから、数時間が過ぎようとしていました。店内を巡るバナナペンギンさんは、広大な売り場に整然と並んだ商品に感心していましたが、スタッフたちの疲れきった表情に目を留めました。彼らが抱えるストレスや苦労が、商品棚の間に漂っているように感じられます。




そのとき、サービスカウンター付近から大きな声が聞こえてきました。




「俺は社長の同級生なんだぞ! こんな扱い、許されるわけがないだろ!」




その声は、明らかに不満を爆発させた男性のものです。


バナナペンギンさんは、そちらに目を向けました。




そこには、見たところ中年の男性が、怒りに満ちた表情でサービスカウンターのスタッフに詰め寄っている姿がありました。


スタッフの顔は疲労と苛立ちで強ばっています。




「またか……」隣に立っていた佐藤さんが、ため息をつきました。




「またスン?」バナナペンギンさんは軽く首を傾げました。




「ええ、あの人、よく来るんですよ。しかも毎回『俺は社長の同級生だ』って言いながら、無理難題を押し付けてくるんです。商品を返品したり、値引きを要求したりね。」




「しょぼい肩書きで王様気取りスン。」




佐藤さんは苦笑いを浮かべました。




「いやホントに。厄介なのは、彼が本当に社長の同級生なのかどうかが微妙なところなんですよ。話を聞いてみると、社長の同級生の知り合いとか、どこかで会ったことがあるとか、曖昧なことを言うんです。」




中村さんは理解するように頷きました。




「似たようなこと、他の店でもありましたよ。バキバキに壊れたアウトドアパラソルを持ってきて、『これ、買ったときから壊れてた』って言い張られたそうなんですよ。断ったら、店長に直通のクレーム電話が来て、結局新品を届ける羽目になったとか。」




「ありますよね、そういう理不尽なクレーム。ほんとに困ったものです。特に最近は、顧客ハラスメント、カスハラが増えてきてますから。」佐藤さんは重々しい声で答えました。




「カスハラスン?」




「カスハラっていうのは、顧客による不合理な要求やクレーム、暴言、暴力なんかのことです。お客様は神様だ、なんていう言葉を勘違いして、何をしても許されると思ってる人が多いんですよ。」




「カスによるはたらきかた妨害の略だと思っていたスン」




佐藤さんが説明している間にも、サービスカウンターでは怒声が響き続けています。




「なんで俺の要求が通らないんだ! 社長に電話してみろ!」




「すみません、こちらの店の規定では、返品はお受けできません。」




スタッフは冷静に対応していますが、その表情には明らかに疲れが滲んでいます。




「顧客都合の返品なんて、そんなに難しい話じゃないだろ!」男性はますます苛立ちを募らせ、声を荒げました。




「経営理念は顧客満足の奴隷スン?」バナナペンギンさんはつぶやきました。




「まあ、いい得て妙ですね……」




佐藤さんは困ったように肩をすくめました。




「顧客満足度を追求すればするほど、従業員の負担が増えて、従業員満足度が下がっていくっていうのが現実なんです。」




「顧客と従業員の満足度は反比例することがあるスン。」




バナナペンギンさんは考え深げに頷きました。




その時、さらに別の従業員が駆けつけ、問題の男性と話し始めました。


店内の騒動はようやく収束に向かいつつありますが、バナナペンギンさんは、その様子を見守りながらしっぽをふっていました。


しっぽをふっているのは、ブラック企業らしいシーンを見たときに興奮してしまうからです。




「現場の状況はいつも想像以上スン。」




「そうですよ、もうひどいもんです。」佐藤さんは同意しながら続けました。「例えば、商品の在庫がないって伝えたら、それだけで怒鳴られることもあります。さっきの人もそうですけど、『なんで俺が欲しいものがないんだ!』って。」




「それに、些細なミスをあげつらって、長時間クレームをつけ続ける人もいるんです。まるで教育係か何かになったつもりで、『スタッフの教育がなってない』とか言われて……本当に神経がすり減るんですよ。」




バナナペンギンさんは、佐藤さんの言葉を静かに聞き入れました。その間、カウンター付近の男性は、どうにか説得されて帰っていきましたが、店内にはまだ重苦しい空気が残っています。




バナナペンギンさんは白い筋をピッとむくと、




「空気のいれかえがひつようスン。」




と静かにつぶやきました。




すると、ペンギン特有の滑らかな動きで地面に腹をつけ、




そして、次の瞬間――




バナナペンギンさんは、おなかですべり始めました。その速さ、時速18キロ。20キロ。22キロ。


床のわずかな傾斜を活かし、スピードを上げながらクレーマーに接近していきます。


あまり速くはありませんが、ペンギン特有の低い姿勢が目立たず、気づかれることなくクレーマーの足元に到達しました。




「なんだ?」クレーマーが一瞬だけ周囲を見回した瞬間、バナナペンギンさんは狙いを定めて、クレーマーのひざのうらをくちばしでつつきました。




「うおっ!」クレーマーは声をあげ、バランスを崩しました。


クレーマーの大きな体がグラリと揺れ、足元がふらつきます。


まるでバナナストッカーを外されたバナナのように、自立が難しい状態に陥りました。




その隙を逃さず、バナナペンギンさんはクレーマーのズボンの裾をくちばしでガシッとくわえました。そして――




「きみはカリウム不足スン」




裾を軸に、バナナペンギンさんはコンパスのように円を描きながら素早く方向転換します。


まるでクレーマーを中心に円を描くアクロバティックな動き。


クレーマーは驚愕の声をあげます。




「なんだこの黒いのっ!」


彼はバナナペンギンさんの動きが何か理解できないまま、足元を滑っていく影を見つめます。


驚きとともに、彼の顔がグラデーションを彩るように徐々に真っ青になり、全く予想外の状況に動揺を隠せません。




そして、最後の一撃――




バナナペンギンさんは、スピードに乗ったままクレーマーのかかとに体当たりをして、完全にバランスを崩させました。




「うわああ!」クレーマーはついに悲鳴を上げながら床に転びました。


派手な音を立てて地面に倒れ込むその姿は、まさに大きなバナナの木が倒れるかのようです。




すかさず、バナナペンギンさんはジャンプして、倒れたクレーマーの顔に華麗な往復ビンタを決めました。




ペンッ!ペンッ!




クレーマーの顔が左右に揺れ、彼は呆然としたまま目を見開いています。


バナナペンギンさんの羽は一切痛くはないのですが、クレーマーは驚きで何が起きたのか理解できていません。




「あがっ、黒いのがっ、ぶへっ、やめてっ!」




バナナペンギンさんは容赦しません。




彼は冷静に、バナナの皮を取り出し、クレーマーの顔にかぶせました。ついでに、くちばしで皮を整えて、帽子のようにぴったりとかぶせます。




「これで、終わりスン。」




バナナペンギンさんは、くるりと背を向け、優雅にその場を去っていきました。




会場には、一瞬の静寂が訪れましたが――




「す、すごい……!」




「よくやった!」




「辞めていった部門長の恨み……晴らせました!」




いつの間にか集まっていた従業員たちから拍手が鳴り響きました。バナナペンギンさんの華麗なクレーマー退治に、店内の全員が賛同し、拍手と歓声が次々に上がります。




「おなかがスースーするスン。」




バナナペンギンさんはその拍手を背に、歩きながらおなかをなでていました。






**




帰り道。




「バナナの皮の回収を忘れたスン。」




バナナペンギンさんはふと立ち止まり、少し遠くの山々を見つめました。その背中に漂う寂しさを感じながら、彼は再びバナナを一口かじりました。

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