第48話
*
「え? 旦那様に、贈り物を差し上げたいと?」
蓮華の私室にて、家令の呆気にとられた声が響く。
「やはり、駄目……でしょうか」
座布団の上に姿勢よく座る蓮華は、重々しい顔つきをする家令を見つめた。
「そう……ですねえ、贈り物となるとデパートメントに買い物をしに行けたらよいのですが、外出はお坊ちゃまに止められておりますし」
「そうですよね……我儘を言ってしまい、申し訳ございません」
蓮華はダンスホール‟カナリア‟の庭園にて声をかけてきた男――黒薔薇伯爵こと、黒薔薇嶺二の詳細を千桜からは聞かされていない。蓮華も無理に聞こうとはしなかったが、おそらくは危険な人物なのだろうと理解はしていた。
人間のようで人間ではないような、ただならぬ雰囲気。思い出すだけで鳥肌が立つような不気味な男だった。
のちに知ったことだが、黒薔薇嶺二は貿易会社を何社も軌道に乗せ、最近は財閥化も成功している。そして、趣味の一環であのダンスホール‟カナリア‟を経営しているというのだから、驚いた。
そのような人物が何故、蓮華を?
単なる戯れだったのでは?
そう思うほどには、蓮華には縁遠い人物だ。黒薔薇嶺二ほどの男が、自ら会いに来るような存在ではないことを、蓮華自身が一番よく知っている。千桜は黒薔薇嶺二と蓮華を接近させぬよう、蓮華の身の回りに気を使ってくれているが、それこそ杞憂ではないのだろうか。
(やはり……これは我儘よね)
家令に頼み込んでみたが、許可を得るのは難しいだろう。今ある生活も十分すぎるほどだ。これ以上は贅沢がすぎるのかもしれない。
「蓮華様お一人で……というのは難しいかと存じますが……」
「はい」
「お坊ちゃまとお二人で、であれば……お許しはいただけるのではないでしょうか」
蓮華は俯いていた顔を上げる。
「二人で……?」
「日々の労いもかねて、帝都デェトを贈り物にする、というのは我ながら粋な発想かと。それであれば、お坊ちゃまも安心なさいましょう」
思えば、蓮華は千桜と帝都の街中に出かけたことはなかった。近所を散歩することはあたが、近代的なお店に立ち寄ったり、外で食事をする機会もなかった。
蓮華はぽかんと口を開ける。
「デェト……」
「はい。蓮華様を大切にされるお気持ちは分かりますが、いつまでも屋敷に閉じ込めておくのも紳士的とはいえないでしょうし」
「あの、私……そんなつもりで言ったのでは」
「お坊ちゃまがおそばにいらっしゃればご心配はないでしょう。あの方は、とてもお強い」
とっさに蓮華は自身の頬を両手で包んだ。デェト、とは最近はな子から教えてもらった単語だ。西洋の言葉であるようで、年ごろの男女が逢引をすることをいうそうだ。
まさか、破廉恥ではないだろうか。はしたない女だと思われてしまったら――。
「お坊ちゃまには、私からご提案しておきますから」
「……あ、えっ……! どうしましょう、どうしましょう!」
浮かれていては、いつか罰が当たるかもしれない。蓮華は気を取り直して勉学に励んだ。
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