第4話

──…6日間、家に帰らなかった。幸いにも殴ってくる両親はいなくて、掃除をしていなくて汚く、散らかったままのぐちゃぐちゃな部屋を通り、着替え等を持ってまた家を出た。

滞在時間は10分もない。


ここ数日、居酒屋でバイトをして、日払いで貰っている私の財布の中には、1000円札と5000円札を合わせて、2万5000円が入っていた。


これで、60分ユタカに会える…。

ネカフェで無料のシャワーを浴び、化粧をした後、私は夜の街に向かった。


お金が欲しい…。

毎日ユタカに会いたい。

毎日ネカフェに泊まりたい。

そう思うのは、何度目か。


宝くじ…当たらないかな、と、そんな夢を見ていた。



ユタカに『今から行くね』と連絡を入れた。格安のスマホ。月3000円。



店につくと、いつものように出迎えらる。

私の永久指名になっているユタカ。



ユタカが来るまで10分ほど私が他のホスト、ヘルプっていう役割の人と会話をしている最中に来てくれて。

今日も癒される、私の好きな笑顔でユタカが「おまたせマコ」と私の横に座る。



「あれ、今日いつもと化粧違うね?」



ユタカが、顔をのぞきこんでくる。

その近さに、顔が赤くなった。



「うん、分かる?」


「分かるよ。顔色いいね、ゆっくりできた?」


「うん、この前、ユタカが慰めてくれたおかげだよ。ありがとう」



私がそう言うと、ユタカは微笑む。


私の肩に腕を回し、頭を撫でてくれるユタカは「それなら良かった」と胸を貸してくれる。

優しいユタカは、「だけど、疲れてるみたいだから…ここではゆっくり休んでね」と、さらに私の心配までしてくれる。



「ありがとう」と頷いたあと、私はそのまま喋ることも無く動かなかった。ただ頭を撫でてくれるユタカに癒されながら…



「──ユタカさん」



癒されていたのに、私の嫌いな〝邪魔な声〟が入る…。今日は特に早い…。



「…ごめん、呼ばれちゃったから、行ってくるね」


ユタカが耳元で呟いた後、私から温もりが離れていく。寂しい…。でも、分かってる。他のホストでも言えることだけど、ユタカの〝お姫様〟は私だけじゃないから。


ここは、お金を沢山使う〝お姫様〟が、優遇される。




1度、お酒のメニュー表を見せてもらったことがある。

金額が万単位のお酒に、お金が無い私は手を出せなかった。



苦しいけど、お店のルールは分かってる。ホストクラブという御伽噺の世界は、高価なお酒をお金で買って創り出すものだということを。




「ごめんねマコちゃん、ユタカさん、今日マコちゃん入れて3人の指名が入ってるんだよね」


「ううん、仕方ないよ。さすがユタカって感じだね」



ヘルプのホストが申し訳なさそうに言ってくる。だけど文句は言わない。


だって私がお酒を注文出来たら、ユタカはここへ戻ってくるのだから。


それが出来ないだけ…。




ヘルプにトイレ借りるねと席をたつ。

ホストクラブだからか、トイレはいい匂いがするしとても綺麗。


ようをすませ、今日はあんまりユタカに会えないだろうな…と思いながら手を洗い、トイレから出ようと扉を開けようとした時だった。



私と入れ違いのように、私以外の誰かのホストの〝お姫様〟が入ってくる。どちらかと言うと美人で20歳半ばぐらいのその人は、私の横を通り過ぎる。


その横を通り過ぎた時、「でた、ぽっきー」と、笑いながらコソッと呟かれたのは、聞き間違いでは無かったと思う。



なに?

ぽっきーって?

よく分からないけど、こうしているうちに席にユタカが戻ってきていたら…と考えれば私はすぐにトイレを後にしていた。



ユタカは私の60分間という御伽噺の時間が終わる10分ほど前に来てくれた。


ユタカは「ごめんね、せっかく来てくれたのに…。少ししか傍にいれなくて…」と泣きそうな顔をしながら頭を下げる。



「ううん、ごめんね私こそ…。忙しいのに…」


「どうしてマコが謝るの」


「ユタカ…」


「おいで、俺のここ、好きでしょ?」



ユタカは腕を広げる…。

寄り添う私は、先程とは違うユタカの匂いを感じた。甘い香水。女性のもの。この匂いを私の匂いに変えたい。



「ユタカ…」


「ん?」


「延長って、どれくらいかかるの?」


「え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る