第40話
────何度もこの病気が無くなればって思った。でも、正直、この目がなかったら俺ははるの字を〝読みやすい〟だけで終わってたと思う。そう思ったら病気のおかげかな…って…。
泊まる予定の旅館までの行き道、乙和くんは笑いながらそう教えてくれた。
時刻は夜の7時半。
私のお願いで普通のホテルでなく、旅館にしたのは、〝それ〟があったから。
温泉のあと、スマホをチェックし、〝それ〟を着て、部屋へと向かう。
もう温泉から出てきたらしい乙和くんは、もう〝それ〟を着ていた。
何してもかっこいい乙和くんは、浴衣を着ても、かっこよく。とても紺色の浴衣が似合っていた……。
ピンク色の浴衣を着ている私を見て、「…可愛いすぎない?」とすごく嬉しそうにする乙和くんに、クスクスと笑った。
「乙和くん、すごくかっこいい…」
「本当?」
「うん、乙和くん、何着ても似合うんだろうなぁ…」
「それははるだよ。はるは何しても可愛いから。……もっと見せて」
夕食は、和食料理だった。
美味しい和食料理に、私も乙和くんも頬を綻ばせた。
スマホの正確な時間を確認した21時少し前、私は「乙和くん」と名前を呼んだ。
歯磨きが終わった乙和くんは、広縁にいる私の方に近づいてくる。
私は広縁の窓を開けた。冷たい風が室内に入ってきて、「開けるの?風邪ひくよ?」と、首を傾げてきた。
窓の外、暗い空を見上げる私の後ろにいる乙和くんは、「何かあった?」と、後ろから抱きしめてきた。
そんな乙和くんは、温かい…。
そろそろ、くるはず…。そう思って、「ううん、星が綺麗だな…って」と、乙和くんに笑いかける。
「住んでるところよりも田舎だから、空気が澄んでるのかも」
「そっか…」
「やっぱり可愛い、浴衣」
そう言った乙和くんが、私の頬に後ろからキスをしようとした時だった。
────真っ暗で、星が出ていた空に、明るい花が咲いたのは。
「なに?」と、私の頬にキスをしようとしていた乙和くんの行為は止まり、顔をさっきみたいに空を見上げれば、〝ドーン!!〟と時間差で音が伝わってくる。
「え?」
また、寒い空の下、大きな花が咲く。
今の時期は冬。
どう考えても今の時期におかしいその花を見て戸惑っている乙和くんは、「え…、花火?」と、空を見上げてる。
「いま冬なのに…? え、そういうイベント?」
訳の分からない、そんな声を出す乙和くんがおかしくて、思わず笑ってしまう。
乙和くんの腕の中で私が笑っているから、不思議に思った乙和くんが、私の顔を覗き込んだ。
「はる?…知ってた?花火あがるの…」
「乙和くん、気づいてる?」
「え?」
花火の音が届く。
イルミネーションとは違う、7色の光。
「浴衣、花火、遠出、イルミネーション…。別れる前に乙和くんがしたいって言ってたことだよ」
私が笑ってそう言えば、目を丸くさせた乙和くんが、「え…?」と、遅れて声を出した。
そうして花火が上がってる方を見ると、「まさか、」と、声のトーンを変える。
「……あの花火…、はるが?」
「私だけじゃないよ、小山くんと狭川くんもだよ」
「え?…ちょ、ちょっとまって…。2人が花火をあげてるってこと?」
戸惑っている乙和くんは、私の顔と花火を行ったり来たりして。
「違うよ、ちゃんと業者に注文して、申請もしてるよ。小山くんに相談したら、狭川くんの知り合いでいるかもって言ってくれて…。乙和くんにプレゼントだよ」
「まって…」
「ここの旅館に決めたのは、浴衣もそうだけど、花火をあげる広い場所も必要だから」
空気が澄んでるほどの、田舎。
「俺のため…?」
「綺麗だね…」
「俺のためなのか?」
「見ようよ、乙和くん。すごく綺麗だよ…」
「…俺が、浴衣着て、花火見たいって言ったから?」
「乙和くん」
乙和くんが、私を抱きしめながら花火を見つめる。風が入り部屋の中が寒いのに、どちらも「寒い」とは言わなかった。
「乙和くん…、嬉しい?」
もう、最後。
金額的にも30発しかできなくて。
残り数発の時に聞いてみる。
花火を見てる私からは、後ろにいる乙和くんの顔が見えなくて。
後ろから、「……一生忘れない……」と、呟いた乙和くんは、花火がやんでも私を離すことはなく。
「あいつらにも、お礼言う…」
「…うん、小山くんも、狭川くんも乙和くんのこと大好きだから…」
「めっちゃくちゃ嬉しかった…」
「ほんとう?」
「でも、もうサプライズはやめてね…、また泣けてくるから…」
「……うん、これからは、乙和くんのしたい事をしよう?」
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