第16話
私の事が大切らしい乙和くんは、私以外の人のノートを借りていた。
授業中、私は乙和くんがノートを写している光景を見ていた。
けれども字が読みにくいのか、シャーペンを持つ手が止まっていた。
貸したノートを近くに寄せたり、遠くにしたり。
私のノートを見てた時には見せていない行動だった。
だからこっそり、放課後、乙和くんの机の中に私のノートを入れてみた。
けれども次の日の朝、そのノートは私の机の中に返却されていた。
いつ乙和くんが入れたのか分からない。
そもそも、乙和くん自身が入れたのかも分からない。
そんな乙和くんはまた私以外の生徒にノートを借りていた。
今度は〝返さなくていい〟と、メモをつけて、私のノートをコピーしたものを乙和くんの机の中に入れた。
それでも返却されていて。
いつもくれたジュースもお菓子も何も無くて。
だけど負けじと乙和くんに送り続けた。
せこいと思われるかもしれないけど、優しい乙和くんが捨てられないように、コピーではなく手書きのものを机の中に入れたりして…。
それでも朝になると、私の机の中にあった。
まるで〝いらない〟とでもいうように。
1週間たってもそれは分からなくて、私は乙和くんが私の机の中に入れないように、朝早く来て席に座ることにした。
乙和くんが何時に学校に来てるのか分からない。学校に登校すれば、私の机の中にあるから。
朝の七時だった。
もう部活動の朝練で学校に着ている人はいたけど、校舎内はすごく静かだった。
すごく静かなのに、教室の中も静かなのに。
他の教室は、まだ電気がついていないのに。
私のクラスだけは電気がついていた。
そこには2人の人間がいて。
私はこっそりとその2人の影を見た。
まだ七時なのに、いつから学校に来ているのか。
見えにくそうにノートを見ながらシャーペンを握る男と、数枚の紙を見つめる男がいて。
カサカサと、紙の音だけが聞こえた。
「──…なぁ、乙和」
紙を見つめていた男が、意味深な様子で口を開いた。
「…小町さん、気づいてると思う」
シャーペンの動きを止めた…、私の好きな人は、その人を見上げた。
小山くんの方を見つめた乙和くんは、静かなまま。
「この前も、どこか悪いのかって聞かれて。これも見る限り、乙和のこと気づいてんじゃねぇかな」
小山くんは私が書いたノートのうつしを、乙和くんの方に見せていた。
今日も色つきの眼鏡をつけてる乙和くんは、「…なんて答えた?」と、泣きそうな声でそう言った。
「俺顔に出るから…、いのちに関することかって聞かれて。首振っただけ」
「…」
「乙和」
「…」
「別れるなら、正直に言って別れた方がいいんじゃねぇか?」
「…」
「乙和の気持ちも、すげぇ分かるよ。けど小町さん…いい子じゃん」
「……だからだよ」
「乙和…」
「言っても、はるは優しいから、絶対別れてくれない」
「これも、乙和が見やすいように文字も大きくなってるし」
「勇心…」
「お前はこれでいいのかよ、本当に…。〝今〟顔見て、向かい合って、ちゃんと別れねぇと小町さんはずっと書き続けるぞ。お前だって後悔すんじゃねぇのか」
「…」
「別れを選んだのはお前なんだから、最後まで貫き通せよ……」
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