第68話

──違うよな…?



「別に何も、スマホと鍵、ぐらいしか」



違うって言えよ。



「霧島」


「ナナ、どうしたんだ?」


「…この部屋に何しに来たんだ?」



違うんだよ、霧島…。



「だから」


「……お前は、自ら、俺が言わない限り手当なんかするはずねぇんだよ」


「……」


「…本当のこと言え、霧島」


「……」


「今ならまだ間に合う」


「……ナナ」


「…〝あの時〟と同じなら、その中に入ってるのはオイルか?」



いつも無表情の顔が、一瞬目を、見開く。



「スマホ出せ、霧島」


「ナナ」


「遊佐と連絡取ってんだろう?」



その言葉に、…軽く息をはいたそいつは、「……いつから気づいてた?」と、俺を見る。


あっさりと認めたのは、俺がこいつにとっての…親友だからか。


心の奥で、もっと否定して欲しかった自分がいた。俺じゃないと。「この部屋にナナがいると思って」なら、良かったのに…。

俺が言わない限り、こいつが手当てなんかするはずねぇんだから…。



「おかしいと思ったのはお前が俺に聞かなかったからだ」


「…」


「初めからだよ」


「……初めから?」


「お前は俺が…、女には手を出さないって知ってるだろ」


「…」


「それなのに、流雨に言われたからって、〝お前〟がここに連れてきた。…──どうする?って俺に聞かなかった」


「…ナナ」


「それに言ったな、お前、俺に。優しくしてなにがあるって?」


「……」


「お前が、俺に対して、刃向かった」


「……」


「なんで連れてきた? 流雨に言われたからっていう言い訳はいらない。なんであいつなんかと手を組んでる!!」



腕を掴む手をとめ、そいつの胸ぐらを掴んだ。



「言え!!霧島!!」


「……」


「なんで裏切るような真似したんだよ!!!」



怒鳴る。

多分、初めてだった。

霧島に対して怒鳴りつけるのは。


俺はいつも、お前を守ってきてたのに──…



泣きそうになった。


それでも強く霧島を睨みつけた。


おれは、ずっと。




「この状況は、晴陽が作り出したのか?」



静かに、そいつが呟く…。



「…そうだ」


「今度は俺が操られてたって事な」


「…」


「じゃあ、晴陽のお気に入りっていうのも嘘か…」



胸ぐらを掴まれていることに、全く抵抗しない霧島は全てが終わったように、肩をおろす…。



霧島…。




「ここが、無くなれば…いいと思ったんだ」



ここが──…。



「無くすのに女を犠牲していいと思ったのか!!」



また、怒鳴りつける。



「ナナを助けるためなら、あんな女ひとりっ…」



そう言った霧島を、勢いよく殴りつけた。

頬を殴った霧島は尻もちをつき、大きな音を立てる。



その音を立てたからか、女がいる部屋から、1人の男が出てきて。

まさか居るとは思わなかったのか、霧島の目が見開く。



「お前が中に入ってきたら、燃やしてたのに。ナナ、なんで止めた?」



そう言った晴陽は、女がいる扉を、静かに、閉めた。

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