第90話

彼は帰ってきて、煙草を口にすることが多かった。


仕事が終わってからのひと段落なのか。

その人の背中に近づけば、彼が私の方を向いた。


私の夫らしい人は「…どうした?」と、指に煙草を挟みながらそう聞いてくる。

目のパーツパーツは、分かるのに、どんな目をしてるか分からない…。


彼の方に手を伸ばしても、彼は私にみたいに震える事はせず、私の指先を受け入れた。


彼はスーツを着ているらしく、掴み辛い。



前にした、ユウリみたいに私から抱きしめれば、「……なんの真似だ」と、やけに低い声が届き。



「ユウリに何言われた?」



鋭いケイシは、私がユウリと何があったのか分かるみたいで。怒った声を出すけど、私を引き剥がそうとはしない。



「……何も聞かないでください…」



そう言いながら腕を回す。でもその腕に気持ち

こもってない…。大好きという、気持ちはない。



「……あいつ、」と、全てが分かったような声を出すケイシに、言葉が詰まる。



「お前、ユウリが好きなんだろ?…なんでユウリを切った?」



切ったのは、私じゃない。

この選択をしたのは、ユウリの方。



「私とユウリさんはそういう関係じゃないです…、わたしは…」



わたしは…。


ユウリさんに、好きって言われたことがないから…。



その声は小さすぎてケイシに届いていたか分からない。




「……お前、俺のになるのか?」


「…私は元々、ケイシさんのですよ…」


「……」


「…書類上では、ケイシさんです」


「……」

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