第86話

朝食を持ってきてくれたユウリは、私がソファに座ってないことに何も言わなかった。

滅多にお酒を飲まないと言っていたユウリは、「今日は鶏玉のサンドイッチにした」と、パンはパンでも沢山の種類を選んで持っててきてくれる。



「ユウリさん、体大丈夫ですか? 昨日、タカさんからすごく飲んでたって聞きました」



私の横に座ったユウリは、「ああ、うん…。酒はすぐ抜けるタイプで……。あ、飲みに行ったのは普通の店だからな?居酒屋!女がいる店には行ってない!」と、私は何も言ってないのに焦った声を出すから、自然と笑ってしまった。


ユウリなら、どこに行ってもいいのに…。



「良かったです…」


「俺はあんたしか興味ないよ」



嬉しい言葉をくれるユウリに、心が穏やかになっていく。…すき…。

そう思うのに、さっきのケイシのことを思い出せば変な気持ちになった。



「……ユウリさん」


「ん?」


「昨日、ケイシさんと何かありました?」


「え?」


「様子がおかしかったから……」



もうすっかり、太陽は登っていた。

外からは日常的な音が出始めていた。



「おかしい?」


「はい、私を……」



ずっと抱きしめていました。

けど、それをユウリには言いたくない…。

…黙っていると、「…なんとなく分かった」と、優しい声を出す。



「多分、それはおかしくない。俺が見たわけではないけど、シイナの言うおかしいが普通なんだと思う。あの人の場合」



あれが普通?

ユウリの言っている意味がよく分からなかった。私を抱きしめ、泣いているのが普通だと?


いつもと違ったのに?



「多分、昨日のが本来のケイシさんなんだろうな」


「…昨日?」


「ずっと我慢してた…」



我慢…。


あれは、我慢してた涙だったのか…。



「…私、ケイシさんが優しいの、分かるんです……」


「うん」


「でも、やっぱり怖い……」


「うん」


「怒らせないように、って…思うんです…」


「…そうだな」


「……」


「俺な? 昔からずっと優しいって言われてたんだよ」


「え?」


「今思えば、それって自分がよく思われるようにしてたんだなって。…なんつーか、甘い優しさって言うのか、そいつの為にならない事をしてた」



何かを語り出したユウリは、私の手をゆっくりと握った。



「小学生の時、友達がウサギを殺した時も、その処理を手伝った。一緒に隠すのが友達だと思って…、でも、それは間違ってた…」


「…ユウリさん…」


「俺の場合は、なんでも許してしまう優しさなんだよ……。相手のためにならない事ばっかしてて…」


「……」


「チョコが欲しいって泣いてる子供がいれば、多分俺はあげると思う。…でも、簡単にあげてしまえば…それが当たり前になる」



──…ユウリが言っているのは、なんとなく分かった。


ユウリはそんな優しさをもっているから、私を助けようとしてくれた。



「優しさと厳しさは紙一重って言うけど、…俺はそれが出来てなかった。相手のことを考える厳しさを俺は持ってなかった…」


「……そんなこと…」


「けど、あの人は違う。それを分かってる」



分かってる…。



「シイナ」



ユウリに、ぎゅっと手を握られる…。



「…これ、ケイシさんが持ってた。ケイシさんが捨てられないように…。普通なら捨てるものを、写真を破って…使い物にならないようにして…シイナが持っておけるようにしたって」



その手の開かせ、私の手のひらに、軽い何かを乗せる…。



「…シイナは、これについてどう思う?」



どう、思うと、言われても。


ユウリの話に、何も言えない…。


破ったのは、私の手元に残すようにしてくれたと?


捨てられないために…。

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