第83話

──────




玄関から、──ガタン、と、大きな音がした。それは何かが壁に当たるような音。

そしてゆっくりとこちらに向かって歩く足音は、今まで聞いたことは無かった。

ふらふらと、まるで歩けていない。


……誰…?!と、軽く汗を流したけど。


「大丈夫ですか?」と、その人の声がして、その汗は勝手に引いていく。

その声は、タカの声だった。

久しぶり聞く声。



「……ああ、もう帰れ」



ケイシもいる、だけどその声は、上手く喋れていなかった。…足と同じように、いつもとは違いゆっくりで。威厳がない。



「飲み過ぎですよ」



軽くため息を吐きながら言ったタカは、「…あー、あんた、悪いけどそこ空けてくれる?」と、私に言ってきて。


どうしたんだろう?と思いながら、私は立ち上がった。そうすれば黒い影がソファに体重全てをかけるように座り込み、彼は「…はァ、」と、深い息をついた。

息をついたのは、ケイシで。

近くに来たから、分かる。

ツン、とした、少し甘い匂い。

いつものケイシの匂いではなく。



「………あ、の、どうかしたんですか、」



この夜の時間に、ほぼ真夜中に誰かが来るのは珍しくて。というよりも、ケイシとタカが2人で来るなんて初めてのこと。それに、ケイシも何だかおかしく。



「さっきまでユウリと飲みに行ってたみたい。ケイシさん、馬鹿みたいに飲んでたっぽいから、ほんとに大丈夫っすか?」



飲んで?

お酒を?

ユウリと?

かすかに、アルコールの匂いがする…。



「大丈夫だから、もう帰れ……」


「…ケイシさん」


「……帰れ、大丈夫だ」



ギシ、と音がして。

ケイシがゆっくりとソファから背もたれから、起き上がった。



「泊まりましょうか?」


「…帰れ」


「また、朝に迎え来ますから」


「……あぁ、」



また、軽く息を吐いたタカは、「俺も今度誘ってくださいよ?」と、部屋から出ていこうとして。



「あ、あの、」と引き止めた私に、その人が私の方に向く。「なに?」と。



「あ、あの…、酔って、ケイシさん……。体調が悪いんですか?」


「悪いっつーか、飲みすぎ。まあたまにあるから、ほっといて大丈夫。朝になればケロッとしてる」



飲み過ぎ?



「あー、そうだ、ユウリもだいぶ飲んでたから、あいつ朝来れないかも」



そう言ったタカは今度こそ、玄関から出ていった。残された私は、いつも私が座っている場所を見つめた。そこには、さっきまで座っていたはずの男が、もう体を支えられないのか横になっていて。



「…はぁ、……」と、また重い息をついていた。



「……大丈夫、ですか?」と声をかけても、返事はなくて。

私はぼやけている視界の中、台所へいき、滅多に開けない冷蔵庫を開けた。

ここに置いてあるからと、ユウリに教えて貰ったことがある。



それを取りに行き、寝ているか起きているか分からないケイシに近づき、「ケイシさん…」と名前を呼べば、「………なんだ、」と、僅かに声がした。



「お水、持ってきました…、こういう時、飲んだ方がいいって……」



もしかしたら、勝手にとって怒られるかもしれない。そう思えば、どくどくと呼吸がおかしくなりそうだった。



けど、特に体を動かそうとせず、「……悪いな、」と、呟くケイシに心がほっとした。



「の、のみますか…?」


「…ああ…」



ゆっくりと指先が動き、そこにペットボトルを差し出せば、「お前……」と、かすかに私の指先に、その人の指が当たった。



「もう、そんなに目、見えるようになってんのか……」



多分、ケイシは私を見つめてる。




「は、い、まだ、ぼやけてます…。…顔とか、まだ分かなくて………指先とか、大体分かるんですけど、…」


「…」


「あ、あの…冷蔵庫、っていうのは、分かるんです……。でも、何が入ってるか、分からない…というか、」


「…もういい、分かった」



また、熱い息をついたケイシは、その水を飲まないまま、喋らなくなり。

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