第74話

その日の夜も、ケイシは私を抱こうとした。

夜に近づくにつれ、イヤになる。嫌いになる。

〝幸せな時間〟は、〝嫌いな時間〟になっていく。



「……今日はイヤイヤ言わないのな?言わなくても中出すぞ」


「……やめてって言えば、痛いですから…」



私が嫌がると、この人は激しさを増すから。



「賢明だな」



鼻で笑った男は、そのまま服の中に手を入れてきた。ギュッと、瞳を閉じる。触られたくない……。

そのまま体の力を抜き、ケイシを受け入れるように足の力も弱めた。太ももを撫でるケイシの手が、怖くてたまらない。



「時間、って、不思議ですね……」


「あ?」




なんだ、いきなりと、ケイシは不機嫌な声を出し。



「嫌いな夜はすぐに来るのに…、好きな朝は全く来ない………」


「それが?」


「……最近、朝と夜が分かるようにって、夜中に起きれば早く朝日が登らないかなって思うんです……」



その指先は、ピクリと止まり。



「ここのソファ、よく見えるんです…。だからここで寝かせてくれませんか……」



ベットで寝ていると、ケイシに抱かれたことをユウリに知られるけど。


その指は、少しづつ離れていく。

私の足をおさえる力が弱まり、呼吸がしやすくなった。



「……ここじゃ寝にくいだろ?」



寝にくい。そうだけど。

まるで私をベットの上で寝かせるために、私を抱いていたような言い方。

何故か、怒られると思っていたのに、ケイシの声は優しかった。



「ベットはイヤです…、気づかれるし、…朝が見えないから……」



少しだけ、沈黙が続き。

「……そうか」と、小さく呟いた時、ふわりと頭が何かを掠めた。

それは頭皮を撫でるように動く。

な、に…と、ケイシがいる方をを見れば、いつもいる距離よりも、近くにいて。



何故か、私の頭を撫でる男は、「……お前も頭、おかしいのな」と、頭部にふれる。

まるで、頭の形を確かめるように。



頭?

おかしい…?



「確かにホテルに入った、けどやってねぇ。この数年お前しか抱いてない」


「え…?」


「それにな、お前と違って浮気はしねぇんだよ」


「……あ、の」


「疑うなら、今度ミソラに会わせてやる」





ミソラ?

ミソラって、誰と、思った時。

寝かされた私の上半身を起こされ。

ケイシが遠ざかっていく。


なに?と、思っていたら、カタンと何かの音がして、すぐに「俺だけど、悪いな先生。夜に」と、誰かに電話をしているようなケイシの声が聞こえた。




「ピルが欲しい、今すぐ。取りに行くから準備しててくれないか」

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