第66話

────







「生理は?」



まるで恥じらいがないように、そんな言葉を言ってくる。昨日、生理が始まり7日目の日だった。もう生理は終わっている。

そういった感覚もないから。



「……終わりました」



いつもの定位置、ソファに座る私の方に近づく足音…。ケイシが私に触る気配がして、ケイシが触れる前に…ビクっと肩を揺らした。

そのせいで、耳にかかっていた髪が静かに落ち。



いくら待ってもケイシは私に触れてこず、閉じていた目を恐る恐る開けた。

ぼやける視界は、昨日よりもハッキリしていた。



「…今日はいい」



黒い影が遠のく。

もう、それさえも見えるようになった…。

私から離れるケイシは、今夜抱くつもりはないらしく。


ほっと心が安心する…。

ケイシが優しい人かもしれないと思っても、やっぱり行為はしたくない…。



「………ケイシさん、」



ふと、足音が止まり。

黒い影が私に振り向くのが分かった。

それでも顔が見えるわけではない。

でも、顔があるらしい場所は分かる。

それをずっと見ていれば、再び黒い影が近づいてくる。



「どうした?」


「あの…」


「…」


「話があるんです…」


「なに?」



目が、見えてきているんです…。

そう彼に言うべきなのか。


そう思って、視線を下に向ける。肌色なのは分かるけど、これが手だと言われても分からない。それほどまだぼやけるけど。


もう、真っ暗ではない。



「……目のことか?」



私が言う前に、ケイシがそう言ってくる。

やっぱり…。

彼も薄々気づいていた。



「見えてるんだろ?」



いったい、いつから。



「電気つけたら、最近瞼が動くの多くなってたからな。…その話じゃねぇのか?」


「……ケイシさん」


「はっきり見えるのか?」


「いえ…、黒い何かが、喋ってる…感じです。人の形とか、そういうのではなくて」


「…ユウリのおかげかもな。ちゃんと礼言っとけよ」


「…」


「良かったな」



どうやら、今日のケイシは〝優しい日〟らしく。



「しないのですか、今日は…」


「してぇのか?」


「い、え…」


「お前たいして気持ちよくねぇしな」


「……」





その時だった。部屋の中で着信音が流れ、すぐに「なんだ」と、電話にケイシは出ていた。



「ああ、………──…、分かった。今から店か?」



耳が敏感になっている私は、その電話の相手は女の人だと言うことが分かった。

高い声が、やけに響く。



「そのあとホテルでいいか?…ああ」



店…

ホテル?



「アフター? ちゃっかりしてるなお前」



ふ、と、軽く笑ったケイシ…。



『え〜?しっかりしてるの間違いでしょ?』


「そうだな、しっかりしてるよお前は」



その声は、落ち着いた声。



「分かった、ボトル何本か開けとけ」



電話を切ったケイシは、それからしばらくすると部屋から出ていった。


電話していたその声は、初めて私を抱いた時のような優しい声だったような気がした。




〝今日はいい〟



それは、私以外の女の人を抱くからなのか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る