第67話

「…おはよ」



次の日の朝、いつもの時間に来たらしいユウリの声は、少しだけ枯れていた。

いつもよりも、低いような。

今は季節の変わり目の時期だから。



「…風邪ですか?」


「ん?」


「喉、枯れてるから……」


「いや、昨日酒飲んで…」



お酒?



「滅多に呑まないから、酒焼けしてる」



軽く笑ったユウリは「昨日、タカさんに呼び出されて、まあケイシさんもいたんだけど」と、昨日のケイシの電話を思い出した私は、ユウリがどこでお酒を飲んできたのか、なんとなく分かった。


女の子がいるお店。

アフターとか、ボトルとか言ってたから。

多分、それらしいところなんだと思う。



「……楽しかったですか?」



私は少しだけ笑いながら言った。



「いや、…タカさんに飲め飲めって言われて…適当に飲んでたから……──」


「…女の子もいるお店ですよね?」



私の言葉に、一瞬だけユウリの呼吸が聞こえなくなり。



「……そうだけど、あんまり会話してない。ずっと帰りてぇって思ってたし。店でもあんたのこと考えてた」



だけど、すぐにユウリの戸惑っている声が聞こえた。



「すげぇ酔ってるタカさん送って、そのまま組に戻ったから」


「…あ、の」


「…悪い、キャバクラだって分かってたら行かなかったんだけど……」



キャバクラ…。



「…わたし、別に怒ってませんよ…」



ユウリの方を見ながら言った。

ユウリは焦っているみたいだけど、やっぱりその顔は見えない。



「…怒ってないって、嫌じゃねぇの?」



そんなの嫌に決まってる。

それでも、行かないでほしいとか、私が言えるわけない。毎朝来てくれるユウリを、ずっと縛るわけにはいかないから。


だって、ユウリは優しいからこうして傍にいてくれるだけだから。

私を好きでいてくれているわけじゃないから。



ケイシも…。



「私はこうして毎朝会えるだけで嬉しいです」



また笑えば、ユウリは「もう行かないよ、あんたが無理して笑うなら行かない」と、また私に枯れた喉で優しい言葉をくれる。




「私、ユウリさんが何しても本当にいいんです…」


「……何しても?」


「ほんとうに、ユウリさんが好きだから…。ユウリさんを信用してますから…」


「…」


「きっと、何しても許してしまうって言い方はおかしいかもしれないですけど……私がユウリさんに対して怒ることはないと思います…」



落ち着いた声で、そう呟けば、私の頬に何かが触れた。

それがユウリの指先だと気づくのに、そう時間はかからなかった。

ケイシに触られると、いちいち体がビクビクと動くのに。

ユウリなら突然触られても体は驚かない。


私自身が、ユウリは安心する存在だと分かっているからか。



「俺はあんたに嫌だって言われたい」



ユウリの指先が、頬をさする。


嫌だ?


ユウリが、飲みに行くことを?



「女と会うなって、」



会うな…。


私が、ユウリに?



「私が…?」


「そうだな」


「でも、」


「あんたは…、俺に何言ってもいい存在だから」



何を言ってもいい存在?



「いつか必ず、俺のにするから」



俺の…。



私はもう、結婚してるのに?


ユウリは私のことを好きじゃないのに?

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