第61話

やっぱり回復している。そう思ったのは白いモヤの中に他の色が加わったからだった。

みえないというよりは、ぼやけているという言い方の方が正しく。



「目の調子は?」



ユウリに優しく聞かれ、「…やっぱり回復してきているようです」と答えた。

朝の時間。私が1番好きな時間…。

ユウリの時間。

ケイシがいない時間。



「痛いとか、そういうのは無いんだな?」


「ないです…」


「どんなふうに見える?」


「色が増えました、ものとかは、全く分からないんですけど…」


「また変化があったら教えてくれ」


「はい」


「窓あけるわ、ベランダ来るか?」



私が風に当たることを好きなのを知っているユウリは、たまに時間があると、手を引きながら私をベランダに連れ出してくれる。


ここに来てから玄関の外に出ていない私は、このベランダでしか外に出た事がなく。



「……ユウリさん…」


「うん?」


「言った方がいいのでしょうか…」


「何を?」


「視力のこと…、ケイシさんに…」



回復していると。

きっとその事を言えば、ケイシは先生を連れてくる…。そして身の回りの事をできるほど回復すれば、私はもう二度とユウリに会えないかもしれない。


ユウリは、朝に来ると言ってくれたけど…。



手を繋ぎながら、暖かい風にあたる。

今日は何月何日なのだろうか。



「もし黙っていることがバレたら…」


「確かに気づくかもしれない、あの人は、そういうことに対しては鋭いから」


「……」


「怖いなら、俺が言おうか?」



私はユウリがいる方を見た。

暖かい風が、髪をなびく。



「ユウリさん、」


「ん?」


「ケイシさんって、どんな人なのでしょうか」


「…」


「たまに、分からなくなります、いつも怖いんです。ユウリさんとは本当に正反対で…、夜の時間がすごく嫌なんです…」


「うん」


「だけど、たまに…優しくて…」


「ケイシさんが?」


「ユウリさんみたいに優しい時があるんです…」


「……」


「あの人、元々はユウリさんみたいにすごく優しかったんじゃないかって…、なんて言うんでしょうか…、目が見えない分、それが伝わってくるというか……。隠せていないというか…」


「うん」


「そう思ってしまう時があるんです…」




初めて行為をした時も。

生理の時も。


私のことを抱きたくないと言っていた男…。



「俺は正直、まだ分かってない…。あんたの事を大切にしてるとは思えない」



大切にしているかと思えば?

どちらかというとしていない気がする…



「大切にするっていうのは、その人のことだけを見て、その人を幸せにするって事じゃないかって。でもケイシさんはそういうのじゃない。あんたを幸せにするって考えは持ってないと思う」


「…はい」


「けど、あの人は絶対に床にモノを置かない。シイナが通る道はあけてる。それに…ベットだって、」



ベットだって?




「私がゆっくり眠れるように、抱かれたあとベットに運んでいると?」



そういった私に、ユウリは何も言わなかった。



「だったら私をベットに寝かせるために、抱くのですか?」


「分からない…」


「…」


「けど、」



けど?



「ケイシさんは俺の知り合いによく似てる」



似てる?



「ハルヒって言うんだけど、そいつも目的の為なら手段を選ばないやつだった。復讐のために、女も利用してた…酷いことも。」



ハルヒ…、復讐…利用。



「けど、あいつは良いやつだった、今ではその女を大事にしてる…。結局は、優しい性格を隠しきれなかったってわけな。もう暫く会ってないけど…」



隠しきれなかった…。



なんとなく、分かってしまった。


その女の子が、ユウリの好きな女の子だったんだろうと。


ユウリが救いたいと思っていた女の子。




「もしかしたらケイシさんも、そんな感じなのかもしれないな」



そんな感じ…。



「いい人、ですか、ケイシさん…」


「分からない、でもあの人の言動にはいつも意味がある。俺はずっと、ここに来てからそれを教えられてる。遠回しに」


「……」


「…ケイシさんの〝大切〟は、そういうところなのかもしないな」

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