第46話

涙は出ていた。多分、それはずっと出ていたと思う。できるだけ声は出さなかった。もし出せばまた目の前の男が不機嫌になり、もっと酷いことをされると思ったから。




──…広げられた私の足の間に彼がいる。


これでもかってほど、私の足を強引に開かせる。


泣くな泣くなと我慢している私の腰を掴み、シーツの上を引きずるようにぐっと己の方へと近づけさせれば、…それらしいものが当たる感覚がした。


ビクビクと、太ももから足の先まで震えている。後ずさってはダメだと分かっているのに、後ずさろうとする私の腰を持つケイシの力は弱まることは無い。



「挿れるぞ」



挿れる、

挿れられる。



結婚したのに、指輪がついていない左手で、シーツを掴んだ。


ずっと目の奥が熱く、ボロボロと涙が止まらなかった。


彼がどんな顔をしているのか分からない。


行為中、あまり痛みが起こらないように。

できるだけ、少しでもいいからできるだけ優しく抱いて貰えるように、「……ごめんなさい……」と、呟いた。




「っ、……な、なめ、なめなくて…ごめんなさい……」


「ごめんなさい……、ごめんなさい…」


「…っ……、泣いて、ごめんなさ……」



私の割れ目に、ぐっと力が入り込み。ぎゅっと瞳を閉じてシーツをもう一度強く握りしめた。


そして、息が止まりそうになって──…





「……くそ……」


と、そう彼が呟いた時、私の腰にあった手の力が弱まり、その手は私の胸の横近くに勢いよくおろされた。


壊れそうなほどのベットの音が、響き渡り。


はっ…と、一瞬、呼吸を忘れていた私の喉から二酸化炭素が零れ出た。


いつの間にか、足の間にあった感覚が無くなっていて。




「……………やりたくねぇんだよ…、マジで声出すなよ……」



多分、ベットを殴ったらしいその人は、聞いたこともない声を出し。

枯れているような辛そうな声を出す男は、重いため息をついた。



「ケ、イシ、さ…」


「……1回だけだ」



開かれていた足が、ケイシの力がなくなり、楽になる。



1回?


1回だけ?


なにが……。



「な、に…」


「1回だけ本気で抱いてやる、だからもう二度と謝ってくるな」



ほん、き…。

ケイシの声が、いつもの声じゃない…。



「…力抜け、」



体の上に何かの重みが加わり、耳元でそう呟かられる。


その声は酷く優しく…。まるで、ユウリに言われているようなトーンの心地良さだった。



「っ、…ケ、イ…さ」



戸惑い、怖くなり、シーツじゃなくて、咄嗟に着たままのケイシの肩あたりの服を掴んだ。



「もう少し抜けるだろ」



何かが髪に触れる。

それは上から下へとさすっていく。

ケイシが、ケイシの手が頭を撫でているらしい…。



「っ、」


「…そう、いいこだな」


「……こ、わ…い……」


「怖くねぇから」


「っ…」


「ほら、目ぇあけろ」


「…見え、な………」


「電気消してるから俺もあんま見えてない」


「ケイ、シさ…」


「ゆっくり息しろ」




はぁはぁと、私の呼吸は乱れていたらしい。その呼吸が落ち着くまで。涙が止まるまで、彼は頭から手を離さなかった。


ずっと私の頭を撫でていたケイシは──…







ケイシの手で濡らした私の中に挿入ってきた時も、ユウリと似たような声を止めなかった。



ああ、そうか、そういう事かと。

気づいた時にはもう全てが終わっていた。




彼も、ケイシも。



ユウリと同じように〝見えない優しさ〟を持っているのだと。



もし、ユウリと一緒ならば。


ユウリが私を理由に変わったように。



彼は何かの理由のために、〝見えない優しさ〟を持たなければならなくなったということ。



それは厳しさの中に隠れているということを──…。

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