第45話

カタカタと、指が震えてくる。

目の前にいる人は、私の夫となった人。

足が進まない、進んでくれない…。

指と同じように、足も少しずつ震え出してきて。

まるで産まれたての小鹿のように、自分の意思ではどうすることも出来ず。




「……怒らせるなって言ってんのにな」



ガタ、とまたイスの音がした。

そしてその刹那、私の嫌いな足音が戸惑いなく近づいてくる。



心にあったのは、ただ〝恐怖〟だけ。

「…やっ…」と、その足音の恐怖に声を出し、1歩ほど後ずさったのが先か。ケイシの強い手が私の腕を掴んだのが先か。


そのまま力づくで真っ暗闇の中腕を引かれ、転びそうになるほど縺れる足に、身体中の汗が止まらなかった。


ユウリに何回も何回も説明してくれた部屋の中。

けれどもこうも無理矢理連れていかれれば、どこに向かっているのか方向が分からなくなる。



怖い、


怖い、



ガタン、と転びそうになっても、掴む力が強いせいで勝手に足が動く。



怖くて声も出なかった。



ついこの間までは、売られることに何とも思わなかった。死にたいと思っていた。



それなのにどうしてこんなにも、体が震えるんだろう。




──…あるところで歩くのをやめたケイシは、そのまままた強引に私の腕を引き寄せると、今度は勢いよく私の体を放り投げた。


ひゅっと、内蔵が驚く。



柔らかいその場所に、体が埋もれる。

床ではないその感覚に、ここはどこ…と手探りで確認したいのに、震えている体は全く動いてくれなくて。




ギシ、っと木のしなるような音が聞こえた時、また強引に、ケイシの手のひらが私の肩を持ちそこへ押さえつけた。



──…その刹那、カチャカチャと金属音が聞こえ。




目は見えない。

見えてない。

見えていないのに、分かった。

ここがどこで、ケイシが何をしようとしているのかが。



ここはベットの上。

この金属音は、ケイシが腰につけているベルト。



「っ……やっ……」



怖くて怖くて怖くて。

涙を浮かべながらベットの上へと逃げようとするのに、私のお腹の上に、重い何かが乗ってきて身動きが出来ず。



見えない、

分からない、

分からないのに、

この状況が分かってしまう…。



「や、………っ……、やっ…、やめ、」



私の手のひらが、その人の肩付近に当たる。


彼の手は乱暴だった。

さっきまで優しいユウリの手に触れていたからか。

ケイシの指が服の中に入ってきて、恐怖が止まらず。




私の夫となったその人は、今から私とセックスをするつもりらしい。




分かってる、

私は売られた身。

この人と結婚して、この人の子供を産むこと。



分かっているのに……。



カタカタではなく、ガタガタと震える肩は、もう自分の意思ではどうすることも出来ず



「………や、…め……」



は、は…と、息も苦しくなる。


暗い世界の中、何をされるか分かっているはずなのに、何も見えないという恐怖が、止まることは無い。



こわい、




こわい




「…こわ…い……」




たすけて



たすけて…




「…、ご、め……なさ」




男から顔を背けた時、見えない目から涙がこぼれ落ちた。




「……っ、……こわいっ…」


「震えるな、やりにくい」


「や、…っ…」


「俺だって抱きたくねぇ、早く終わらせるから黙ってろ」


「…ッ……」


「下、自分で脱いで自分で濡らせよ。手伝うつもりねぇからな」

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