第42話

────keishi side




紫煙が上がっていく。

10代の頃から吸っている10ミリの煙草に、今更、煙で気分の悪さなど感じたりしない。

息を出しながら煙を目で追っていけば、それはいつの間にか消えている。

煙で気分は悪くならないけど、似たような景色を見て気分が悪くなった。



もう一度口に挟もうとした時、「どうだ?調子は」と、とある人物が来て一瞬だけ動きを止め、「何がです」と言いながら煙草を挟んだ。


何を聞いているか分かってるくせに、知らないふりをする俺に、その人は鼻で笑った。組長の右腕…。


その人も煙草を取り出した、どうやらここで吸うらしい。



「お前がそう言うってことは、調子いいらしいな」



西田さんが煙草をくわえ、そこに火をつける。



「…さすが血の繋がった孫ってとこですね。この前仕事、連れて行きましたけど、あんま顔つきは変わらなかったし…」


「そうか」


「…けど、血は慣れてるだけ」


「……」


「俺に預けたんですから、俺のやり方で教育しますよ」


「そうしてくれ」


「……」


「なんだかんだ、気に入ってるんじゃないのか?」


「…まあ、女のために組入りするっていうバカな根性は気に入ってますけどね。人生棒にふるっていうのに」


「そうか」


「…多分、あいつ相当化けますよ」


「そりゃそうだろ、守りたいものがあれば鬼にでもなんでもなれるかな」



西田さんの言葉を聞きながら、灰皿に煙草を押し付けた。

守りたいもの…。



「七渡さんも甘い、西田さんも」


「そりゃ孫だからな…、俺にとっても坊ちゃんは孫みたいなもんだし」


「七渡さんが俺んとこに寄越した〝理由〟は分かったんですけどね、」


「ん」


「やっぱり、俺があの子と結婚する〝理由〟は分かりません」


「そうか」


「西田さんなら、分かります?」



灰を落とす西田さんは、ふ、と笑い。



「まあな、一護とはお前が産まれる前からの付き合いだからな」


「理由、孫ですか?」


「いや、」



俺があいつと結婚するのに、孫は関係ないと?



「いずれ分かる、一護はいつも先を見て動いているからな…」



西田さんが煙草を消し、「行くわ」とその場から離れようとした時だった。

「持ってきました」と、そいつが現れたのは。

噂をすればなんとやらってやつか。

俺に向かって差し出してくる用紙…。



その男の目は、数十分前に見た目とは違う。何かをシイナに言ったのか。

確認のためその用紙を受け取り見れば、枠の中には書かれているものの、字は歪んでいた。

その近くには涙のあとがあった。

もう一度そいつの目を見る。

その目は誰かと似ているような気がした。



「……」



あとは俺の名前…。

女の住所もか。誕生日も。

今、女は目が見えていない。

診断書を書かせれば代筆で大丈夫だろう。



西田さんが出ていく時、西田さんもその女の名前を見た。

まだ女の名前しか書かれていない。

それなのに「なるほどな」と、「だからか…」と独り言を呟いた西田さんに、俺の眉がよる。



弱々しい文字で書かれた〝春野詩奈〟のどこに〝なるほどな〟の意味があるのか。

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