第41話

「……」


「大切にするっていうのは、想うだけじゃない」


「…はい」


「お前の昔の女で、お前が思ったのは〝欲しい〟だけか? …生きてさえすればいいって思った事ねぇほどガキなのか?」




その言葉が最後に、ケイシの声は聞こえなくなった。



──もしかするとケイシは、私にも聞こえるように会話をしていたのかもしれない。



しばらくして、ユウリが部屋の中に戻ってきた。カサ…と、紙が揺れる音がして。婚姻届の用紙を持ってきたのだとすぐに分かり。

また、泣きそうになる。

書きたくない……。




「……自分でも馬鹿な事をしてるって分かってる」



ユウリが真横に座る気配がした。

きっとユウリも、私が2人の会話を聞いたことを分かっているのだろう。



「あの人が言ってる事も分かる」



ケイシのことを言っているらしい。



「好きな人がいたんだ、…その子にはすげぇ嫌な思いさせて、そばに居たいと思ってたけどできなかった。だから今度こそはあんたを救いたいと思ってここに来た」


「…ユウリさん…」


「昔のことと重ねてる、あんたには…本当に失礼な事をしたと思ってる…。すげぇ自分勝手な理由で…」


「……」


「あんたが、……シイナが、俺の顔をみてほっとしてんの見たら、嬉しかったんだ…」


「……はい」


「本当なら今すぐこんな紙、ぐちゃぐちゃにしたいし、シイナをこの家から出して2人で逃げればいいって、ついさっきまで思ってた…」


「……」


「でも、それはシイナが狙われることになるし、金銭面でも、俺の力だけじゃ守ることが出来ない…俺はずっと…、この組の力を借りてたから…」


「……」


「俺だけの力で救うことができない…」


「……ユウリさん…」


「浅はかな考えでシイナに近づいたこと、申し訳ないと思ってる…」


「そんなこと…」


「すまない」


「謝らないでください…、私が、私がユウリさんを求めたんです…。ユウリさんに会えるのが嬉しくて…」


「シイナ」


「…ここを、出るのですか?」


「…ここには…中途半端な気持ちで来たわけじゃない、今ここから離れれば、俺は本当に軽くて最悪の人間になるんじゃないかって思う」


「…」


「シイナ」


「……」


「書いてくれ、俺の前で」



婚姻届を…。



「あんたを守れるのは、これしかないから」




優しさとは、一体何なのだろうか。

見える優しさと、見えない優しさがある。



ユウリは、



ユウリは。




見える優しさから、見えない優しさに変わるらしい…。







ユウリが優しいのは、分かってる…。





「……見えないので、後ろから支えて貰えますか…?」





私を救いたいために、組に入った男…。

私に対して辛いことをするのも、裏では私を守りたいという事実があるという事。



ユウリに後ろから支えられて、泣きながら書いた文字は、きっと、ミミズみたいにぐちゃぐちゃだっただろう…。

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