第39話

ケイシの遠のく足音がする。そしてユウリが立ち上がった気配がしたから、話の流れで役所に行くのだと思い、私は慌てて「あ、の…」と声をかけた。


「…ん?」と、さっきとは違い、ユウリの優しい声がする。低い声じゃない。



「……ユウリさんが、ここにいるのは…、私のせいですか…」



泣きそうだった。

元々、この人はヤクザとか、関係の無いひとだった。ただ身内っていうことだけ。

それなのにこうして私のそばに居て、ケイシの下につき、私に安心という居心地さをくれる。



「ここは、…あなたがいるところじゃないと思います…」



巻き込むわけにはいかない。

だって、ケイシの下につくということは、実質……──、組に入るということでは?

私はまだこの組織の仕組みを知らない。

でも、そういう事でしょう?



「違うよ、俺のため。あんたは関係ない」



関係ない?

そんなことはない。



「だって、私がいなければ、ユウリさんはここにはいないでしょう…?」


「確かにそう、けど、これは俺の意思。だから私のせいだとかそういうのは思わないで欲しい」


「……どうしてですか? だって、私の事を好きとか、そういうのじゃないですよね」


「…、言葉にするのは難しい」


「……」


「けど」


「……」


「ケイシさんと結婚する事になっても、あんたを守っていきたい。絶対に寂しい思いはさせない」



〝ケイシさん〟と呼ぶようになったユウリ…。



「ただそう思ってる」


「…それって、どうなんですか、私…この世界に詳しくありません…。それは普通の事なんですか?」



だって…。

私はケイシと結婚する。

それなのにユウリといる。

それって…そういう関係になるってことで。決して、いい関係ではないはずなのに。



「…どうだろうな」


「私はつらいです…」


「…つらい?」


「ユウリさんは優しいから、怖い人たちがいるここに入ってほしくないです……。寂しい思いをさせないって、それってやっぱり私のせいじゃないですか?」



ユウリがいるはずの方に顔を向ける。目が合っているかも分からない。ユウリがどんな顔をしているのかも分からない…。


けど、音からしてユウリがまた座ったのが分かった。多分、私の前に向かい合って座っているのだと思う。



「正直に言うと、」



……正直に言うと?



「まだ、好きか分からない。ただ何かしらの感情はある。この気持ちは俺が知ってる好きとかそういうのとは違うけど…、あんたの事が気になって仕方ない…」



好きか分からない…。



「あんたが泣いてるのは見たくない、俺がそばにいることであんたが安心して笑うなら、ずっとそばにいたいと思ってる」



泣いてるのは…。

安心して笑うなら…。



「そのポケットの中に入ってる写真も、あんたが笑うならできる限り元に戻してくる」



ケイシに破かれた写真も…。



「……だ、けど…ユウリさん…今から婚姻届取ってくるんですよね…、それを私に書かせるんですよね」


「シイナ」



名前を呼ばれて、心が熱くなる。



結婚なんかしたくない。


子供なんて産みたくない。



それでも私は買われた身。




「私…このままだとユウリさんのこと好きになってしまいます…。ユウリさんに抱きしめてほしいと思ってしまいます…」



ううん、なるじゃなくて、

きっともうなってる。

思ってしまってる。



「他の男性と結婚して子供が出来ても、私はユウリさんのことを好きになっていいんですか?それって…すごく…つらいです…」


「うん…」


「本当はもう、会いたくありませんでした…」


「…ごめんな」


「ユウリさんの姿が見えなくても、ユウリさんの前で、婚姻届なんて書きたくありません……」


「…」


「同情でそばにいるのはやめてください…」




ぽろぽろと涙が流れて。

謝罪をしてくるユウリは、「……せめてあんたの目が見えるようになるまではそばにいさせてくれ」と、呟いた。

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